労働の解放をめざす労働者党ブログ

2017年4月結成された『労働の解放をめざす労働者党』のブログです。

争点なき静岡県知事選の結果ーー地域財界の闘いに終始ーー

    争点なき静岡県知事選の結果

 

―与野党対決よりも地域財界の闘いに終始―

 

 川勝知事が急遽辞任し、短期で闘われた静岡県知事選は、元浜松市長(416)の鈴木康友が、元総務省官僚で副知事経験者(2)の大村慎一を77万票の差をつけて勝利した。鈴木康友の勝利は予想されたもので、争点なしの全くのつまらぬ選挙であった。投票率は、5247%で、前回3年前の知事選に比べ046ポイント下がり、鈴木が728,500(474)、大村が651,013(424)、共産党の森が107,979(70)、その他(3名合計)48,684(32)であった。

 

 大村(静岡市出身)は、川勝が辞任するとすぐに立候補を表明し、反川勝の過大なマスコミ世論を背景に、それに乗っかって川勝の「分断政治」(マスコミ用語、県議会やJR東海と対立したこと)を批判、中央政府との人脈を強調し、自民の支持を得た。但し、裏金問題で批判され、補選で全敗した自民との関係を薄めるため、大物閣僚級の応援を一切断り、ただ上川外相だけが(静岡出身故に)一度だけ応援に訪れるという方針をとった。

 

 一方、鈴木(浜松市出身)は満を持して――と言うのは、あと一年任期の残るはずであった川勝の後釜を虎視眈々と狙っていた――浜松市政16年の「実績」を強調して立候補した。立・憲と国・民が支持し、勝ち馬に乗っかって連合静岡も支持を表明した。松下政経塾出身の鈴木は、かって民主党の国会議員を勤めたことがあり、その因縁もあった。

 

 どこの骨とも判らぬ大村――かって静岡県副知事を2年務めたが、それは中央官僚の単なる天下りで、ただ副知事の椅子を暖めていたに過ぎない――より、鈴木は知名度が遙かに高い。例えば、彼をよく知るであろう50歳代以降の鈴木への投票率は高く――70歳代では鈴木が531%、大村が392%等――、大村は3040歳代で僅かに鈴木を上回ったに過ぎない。

 

 ところで、彼らの主張であるが、川勝県政の評価やリニア工事問題、浜岡原発の再稼働、浜松の野球場建設など、いずれも両者とも大差はない。大村が川勝を真っ向から批判したのに対し、鈴木はやんわりと、リニアは両者ともに早期の推進を主張しつつ、浜岡原発再稼働と同様に、地域の理解が大切などと、その本音を隠した。

 

 こうした似たり寄ったりの両者の主張に対し、共産党は急遽、新県委員長の森大介を候補に立て、反リニア、反再稼働の受け皿となることを主張した。しかし、その主張はそれらに反対する一部の県民に迎合する市民運動的なもので、リニアや原発をその根本に立ち帰って批判するものではなく(リニア問題については、プロメ61号を参照に)、ましてや大村や鈴木の立ち位置(背景にある地元財界との癒着)を徹底して暴露、批判し、労働者の立場を徹底するものでもなかった。よって当然ながら惨敗した。

 

 では大村と鈴木の違い(票差)はどこにあったのか。その一つは、川勝県政へ県民感情の読み違いにある。鈴木は、選挙途中で、岐阜でのリニアトンネル工事による地下水の水枯れ問題が報じられると、急遽、川勝を持ち上げリニア推進のトーンを落とした。実は、川勝県政への県民評価は23が肯定的であり――大いに評価145%、ある程度評価521(静岡新聞)――、川勝を批判すればするほどその候補者への県民感情は冷めていくこととなる。鈴木は途中でそれに少し気づいたが、大村はマスコミの反川勝に踊らされて読み違えた。

 

  第二の差は、鈴木が県西部(浜松市)で浜松市長として根を張ってきたのに対し、大村は県中部(静岡市)の新顔であった。77万票の差は、実は西部での得票数の差である。西部では、大村の得票率が285%であるのに対し、鈴木は62,9%と圧倒した。中部で大村が551%、鈴木が36,2%、東部では大村が535%、鈴木が392%と大村が健闘したのに、西部では圧倒されたこと(浜松市では大村が89万、鈴木が231万票)が大村の敗因である。

 

  マスコミや立憲はこの選挙を与野党対決と持ち上げ、自民候補の敗北と捉えているが、決してそうではない。たまたま立・憲や国・民が推した鈴木が勝ったに過ぎない。むしろ対決を挙げるならば、中部財界と西部財界の対決であった。静岡県は富士川を境に、東部(中心は沼津市・人口18)と中部(中心は静岡市・67万、政令都市)、大井川を境に西部(中心は浜松市・77万、政令都市)の三地方に分別できる。大村は中部財界(鈴与、静銀など)に推され、鈴木は西部財界(スズキ、ハマキョウレックス、ヤマハなど)が支援した。中でもスズキ自動車の元会長の鈴木修は、選挙のたびに暗躍し、川勝を知事に押し上げたのも彼であった(同じ名字だが、鈴木康友とは姻戚関係はない)

 

 この両政令都市は、選挙の裏で、資本同士の激しい闘いを繰り広げたのである。勿論、勝利の暁には自らの資本の発展を約してのことである。結果、浜松市は念願叶って、漸く地元出身の知事を得た。

 

 大村にしろ、鈴木にしろいずれも地元資本と癒着した存在である。鈴木が掲げた「オール静岡」「幸福度日本一の静岡県」とは、この資本主義という階級社会の中で、富む者(資本家)も搾取される者(労働者)も一緒くたにした反動的な労使融和、労使協調主義の政治であり、日本一はさておいて、県内資本のさらなる幸福(発展・繁栄)を目指すものとなるであろう。「税金の1円たりとも無駄にしない」(新知事会見)と言う鈴木は、まずもって――県民にとって屁の役にも立たず、必要度ゼロの――、西部財界の要請に応えて、浜松市内に370億円でドーム型の新野球場の建設に着手せねばならない。

 

 新知事誕生で、早速、JR東海は鈴木との面会を要求し、川勝では果たせなかったリニアの静岡区工事(南アルプス貫通トンネル工事)の着工を要求している。鈴木は早速「最後は政治的決断だ」(新知事会見)と述べ、にっちもさっちもいかない大井川の水資源と南アルプスの環境保護問題を切り上げて、「政治決着」を暗に匂わせている。いつ自民党に鞍替えしても可笑しくない、鞍替えしなくとも本質的に自民と同じ鈴木を推した立・憲や国・民が、「勝った、勝った」と騒いでいるのも滑稽だが、こんな知事を選択せねばならない県民もまた哀れである。「労働者党」静岡支部は、労働者の立場から、鈴木のこれからの県政を徹底して暴露していく。   ()

憲法第1条はなぜ「国民」ではなくて「天皇」か

神奈川で『資本論』などの学習会を行っている「横浜労働者くらぶ」が5 22 日に発行した「労働者くらぶ第41号」で、憲法第1条が「天皇」であることについて論じています。興味深い内容ですので紹介します。(担当)

 

「第1条 なぜ国民ではなくて天皇か」

 

憲法記念日の朝日新聞朝刊の読者欄に「憲法と私たち」という特集があった。その一つに上記の見出しがついた珍しい投稿があった。

 「憲法の第1条に天皇の地位は『主権の存する日本国民の総意に基づく』とあることが、私はずっと気になっていた。国民の総意と言うが、私はこれまで一度も天皇制についてどう思うかと問われたことはない。…何年か前に憲法学者の講演を聴きに行った。『なぜ憲法の第1条が天皇なのか』という私の質問に『戦争の反省から、まず天皇についてしっかり定めておくことが大事と考えたから』と答えがあったのだが、物足りなく感じた。天皇よりまず国民が大切なのではないだろうか。…まるでタブーのように天皇制について誰も気さくに語り合わないことがかえって薄気味悪い。」(無職 愛知県 79 歳)

 

★「戦争の反省」は本当になされたのか?

 

珍しいというのは、自民党でさえ政党活動費の公表が「政治活動の自由」の制限になるというほどの、この“自由な”国において、このような天皇制についての投稿にめったに出会わなかったからである。この筆者の意見は全く当然である。民主主義の、国民主権の国の憲法の初めに、どうして国民ではなく天皇が来るのか?これでは、日本の主権者は国民ではなく天皇になってしまうではないか、投稿者は、そう思っているのである。

 

それに対して学者先生は、「戦争の反省から、まず天皇から定めた」というのであるが、一体その反省とはどうゆう反省だったのか? あの戦争が「天皇の名」においてなされたことは誰でも知っていることであり、天皇は神聖不可侵の絶対的な主権者だったのである。その彼は、敗戦が明確になってから2年間も戦争を継続し、それによって東京大空襲、沖縄戦、広島長崎の原爆投下を招き、何百万の人命を犠牲にしたのである。

 

天皇の責任は明らかだ。こうゆう意見に対して、昭和天皇は軍部ファシスト

や資本の傀儡にすぎず、本当は平和主義者だったとして天皇を擁護する意見が、マスコミや言論人によって喧伝されている。しかしこのような天皇弁護論は、少し歴史を紐解いてみれば、全く事実に反することがわかる。

 

戦前の天皇は積極的に内閣の人事に口出しし、少なくとも敗戦の色が濃くなるまでは戦果を喜ぶ好戦論者であった。仮に彼が軍部の傀儡であり平和主義者であったとしても(事実ではないが)、統治権の総攬者であると憲法で規定されている本人が、退位や譲位もせずに戦前と同じ天皇の地位に留まるというようなことは、恐るべき厚顔無恥、道徳性の無さと言えるのだ(第1次、第2次世界大戦後、敗戦国の君主は退位どころか君主制そのものが崩壊している)。

 

企業のちょっとした不法行為や不祥事でも会長や社長が引責辞任するのを考えてみれば、いかに昭和天皇が恥知らずな存在であったかが分かる。学者先生が「戦争の反省から」というならば、あの戦争の最高の責任者としての天皇の責任こそ問われなければならないのである。

 

★民主社会においては君主制は矛盾である!

 

一体だれが“反省”したのか?少なからぬ国民は、もう天皇のための戦争は沢山だ、天皇もいらないと反省した。ところがソ連をはじめ連合国の多くの、また少なからぬ世論の天皇制廃止論を無視して、天皇制を存続(昭和天皇の退位すら求めず)させたのは、天皇制に戦後支配の利用価値を見出していたマッカーサーであった。

 

自民党は、現在の憲法は押し付け憲法であるから自主憲法に変えねばならないとしているが、この象徴天皇制については、押し付けられたとは感じていないらしい(よくぞ残したと喜んでいる)。そもそも民主主義(議会制)と君主制(封建制)とは水と油であり、立憲君主制といったものは両者の妥協の産物、矛盾そのものなのだ。

 

一体、天皇とか皇族と言ったものは、我われと同じ国民なのかどうか、一般の国民を“民間”と呼ぶ以上、天皇や皇族は特別の存在、聖家族であるのは間違いない。フランス革命の国王裁判において、ジャコバン党のサン・ジュストは、市民社会において国王はその存在自体が悪である、と断罪した(そして断首された)。矛盾は解消されねばならないのであり、矛盾だらけの天皇制も消滅するのが歴史の必然である。

 

★日本資本主義の帝国主義化は天皇制イデオロギーを強化する!

 

国会では、またまたくだらない皇位継承の議論が始まるようである。 自民党は皇位の安定的継承を目指すというが、男系男子か女系天皇でもいいのか、女性皇族は結婚で皇籍を離れるか否か、旧宮家の復活はどこまでか等々、馬鹿げた議論が繰り返されることになる。

 

驚くべきことに国会の全政党が、天皇制の存続を前提に、国民主権もそっち抜けにして、いかにして皇位を継承させるかを議論しているのだ。戦前から天皇制の廃止を主張してきたマルクス主義の(エッツ!)日本共産党は、現憲法を絶対視し、女性天皇を認めたうえで、天皇制の存廃については将来の「国民の総意」によるとして大衆追随主義(いつものことだが)に堕している。

 

国民の多くは、明日、天皇制が廃止されても 戦前と戦後の変化ほどの関心も示さないだろうが、しかし、軍事予算は前年比 16%増の7兆9千億円となり、日本資本主義の帝国主義化がすさまじい勢いで進んでいる今日、天皇制イデオロギーの果たす役割はますます必要となっている(戦前の轍を踏むな!)。

 

日本の労働者は、天皇制の強化に断固として反対すると同時に、その策動を強める日本帝国主義に反対して闘わなければならない。(K)

 

「横浜労働者くらぶ」学習会案内6月の予定

◆「資本論」第1巻学習会

6 月26 日(水)18 30 分~20 30 / 県民センター703 号室

*第13 章第 1 節「機械装置の発達」から第第 3 節「機械経営の発達」まで学習します。

◆「資本論」第2巻学習会

6 12 日(水)1830分~2030 / 県民センター703 号室

*第 7 章「回転期間」から第9章「前貸資本の総回転」まで学習します。

◆レーニン「カール・マルクス他18篇」(岩波文庫) 学習会

6 月19 日(水)1830分~2030 / 県民センター703 号室

*論文「われわれの革命について」他論文を読みます。

 

横浜労働者くらぶ連絡先

Tel080-4406-1941(菊池)

労働者くらぶ Mailkikuchi.satoshi@jcom.home.ne.jp

 

労働者党の2024メーデー宣伝活動

 労働者党の2024メーデー宣伝活動

 

2024メーデーは、〝労資春闘〟によって大企業から5%超えの回答が相次ぐ中、「闘い無き 『満額回答』は資本への屈服だ!」と労働者に闘いを呼びかけるビラを全国で2万枚以上の配布を行いました。

 

春闘という経済闘争が闘われている中で、組合主義者やそれに追随する改良主義政党や共産党、急進派の日和見主義の訴えは、大同小異「もっと賃上げを」という経済主義でした。私たち労働者党は、労働者の生活防衛のためには階級的な団結を固めて闘うことが必要であること、そして過酷な搾取を打ち破るために団結を呼びかけました。

 

また、裏金問題で腐敗政治をさらけ出した岸田政権に対して、「醜態をさらし権力にしがみつく岸田」と指弾し、軍事強化を進める岸田政権打倒の闘いを共に闘おうとアピールしました。

 

労働者党の宣伝は、北は北海道から南は沖縄までの全国で取り組まれ(雨で中止の会場があったり、体調不良で参加できなかったりした同志もいました)、党友や『海つばめ』読者の協力を得て、メーデーに結集した労働者にビラを手渡し、残ったものは集合住宅などに配布しました。

 

組合主義者によってメー デーが骨抜きにされている中で、階級的な闘いを呼びかけた私たちには、少なからず好意的反応がありました。宣伝活動に対して、大阪ではビラで案内した「資本論学習会」に参加したいと連絡があったりしましたし、メーデー会場では解雇撤回闘争を闘っている労働者や解雇と会社の不法行為、偽装倒産を追及して闘っている労働者との交歓などもありました。

2024maydayhitokoma 

なお、メーデービラにはメーデー直前に発刊された「林紘義遺稿集第1巻」の宣伝や『海つばめ』『プロメテウス』の案内も掲載しました。

 

5月3日の憲法記念日では護憲集会に合わせ、「9条では岸田と闘えない!」のビラを大阪を中心に、神奈川、愛知、広島で配布し宣伝活動を行いました。憲法記念日に配布したビラを紹介します。
(ビラをクリックするとビラを読むことができます。)
20240503bira1






















20240503bira2

※ビラ裏面で都知事選について、「来年の」と書かれているのは「今年の」に訂正します。校正漏れをお詫びいたします。

★ 自民党と反動の改憲策動、軍国主義路線を断固粉砕しよう!
★「搾取の廃絶」と「労働の解
  放」の旗を高く掲げよう!
★労働者の闘いを発展させ、
  労働者の代表を国会へ!
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