労働の解放をめざす労働者党ブログ

2017年4月結成された『労働の解放をめざす労働者党』のブログです。

2020年05月

「学校休校」を問う、安倍や文科省の欺瞞

 2月27日、安倍首相が唐突にー何の計画も展望もなくー「学校の一斉休校」を発してから、もう3ヶ月がたとうとしている。地方によっては、徐々に学校が再開されつつあるが、「緊急事態宣言」が解除されるまで、まだ休校は続きそうである。

 

 この突然の「休校要請」は子供をもつ親や教育現場に大きな混乱をもたらせた。安倍にしてみれば、2週間ほどの腹づもりであったろうに、自らの愚かな対策によって1が月、2ヶ月にも及ぶと、子供たちや親や教育労働者に耐えがたい苦難を押しつけることとなった。

 

 子供らを家庭に押しつけて、自主的に勉強させるといっても限度がある-特に低学年の子供らは無理というものだ-従って自然とゲームやテレビで一日を過ごし、学習離れが進み、心身のバランスが崩れストレスばかりが溜まる。一方、幼児や低学年の子をもつ親は仕事とのギャップに悩み、求職(無給)するか、時短(給与半減)にするかという現実に直面する。スーパーの冷凍食品や即席麺が売り切れになるのも子らへの食事のためであるが、その費用もすこぶるかさむ。

 

 学校現場はどうかというと、この時期(2月末~3、4月)は一年の締めくくりと新年度への準備の時であり、学期末の成績や指導要録の作成、高校入試の願書提出と入学試験、卒業式や入学式、新たな学年学級の編成と最も多忙な時である。結局、卒業式や入学式は実施できず、学校によっては、新しい教科書(一人10冊以上)を子供らに渡すことすらもできず、教師が家庭訪問をして渡したという学校もあったようだ。

 

 休校が長引くと、文科省は次のような通達を出した(4月10日)。『臨時休業期間中に・・・・学習に著しい遅れが生じることのないよう・・・・可能な限り紙の教材やテレビ放送等を活用した学習、オンライン教材を活用した学習などの適切な家庭学習を課す等、必要な措置を講ずること。』”紙の教材”とは、いわゆる教師作成のプリントによる宿題やドリル等の副教材を指し、”テレビ放送”は、NHKの教育チャンネルや教育委員会等が作成したビデオ教材の活用などを言うのだろうが、それをどうやって家にいる、しかも学年の違う子供らに見せるのかその手立ては語らない。

 

”オンライン教育”に至っては、その普及率は全国で5%にも満たない。オンライン教育は、一部の私立小中学校や学習塾等で実施されているが、公立校ではそんな通信設備はない。(私立小の62、5%、私立中の52%の親の年収は1000万円以上である。)

 

 こんなことしか「必要な処置」を語れない文科省官僚たちの「机上の空論」、思考の貧困さもさることながら、今日までいかに教育環境の整備が置き去りにされてきたかがわかる。この休校にあたっての最善策はオンラインによる学習であろうが、それが不可能であることは文科省は百も承知である。例えば、学校におけるデジタル機器使用率は、OECD加盟国37ヶ国中、何と日本は最下位である。従って教師のプリント学習( 紙の教育だ)に頼るしかないとは、何と教育後進国なのだろうか。「普通教育の実施」「教育の機会均等」(憲法)を謳いながら、その多くは教育労働者の献身的な教育活動―過度の長時間労働を伴いながらーや家庭にー学習塾通いー押しつけてきたのである。

 

 2020年度の教育に関わる予算は5、5兆円であるが、20年前より1兆円も削られており、国家予算に占める割合はほんの2、2%で、先の37ヶ国中のまたもや最下位(平均は4%)である。確かに学校の現実を見るに、校舎の外観は耐震性を備えて立派になったが、中身は旧態依然たるもので、我々が何十年も前に学んだと同じサイズの狭い教室、物がよく落ちる小さな机と椅子、ロッカーや更衣室はなく、清掃は昔風の箒とちりとり、雑巾がけ、日本式のトイレ(これらは子らが初めて体験する)、不衛生な教室での給食等々、近年ようやく教室にエアコンが入り、夏のうだるような猛暑―涼しく快適で居眠りには最適な国会とは違って―から解放されたが、学習機器はようやく2023年までに、生徒一人に1台のパソコンがあてがわれることになっている。

 

 文科省の萩生田は、オンライン教育の推進を問われて、「各地方の実情に合わせて」などと曖昧な答弁をしているが、本音は「(森友・加計への多額の補助はばれかかったが)そんな金のかかる事業は必要ない。学校教育は旧来通り愛国的な教科書と黒板さえあれば十分だ。あとは、聖職者たる教師の熱意と規律ある生徒の学習意欲の向上だ。そんな機器に金をかけなくとも、日本の伝統・文化を学ばせ、国を愛する愛国心を育成するには十分だ。(戦前のような)徳育教育や愛国心教育こそめざすべきものだ。」とでも思っているのだろう。君が代・日の丸の強制や教育基本法の改悪、教科書の国定化、教員免許の10年更新などには有無を言わせず国家権力をいかんなく発揮させるのに、こうしたことには及び腰なのである。

 

 ついでに話題となっている「9月入学・始業」について、東京の小池や大阪の吉村、それに安倍までもが大いに乗り気で、欧米とのグローバルスタンダード(世界基準)にあい、留学なども容易だなどと持ち上げているが、いったい誰が留学できると考えているのか。彼らのような金持ちやその子弟ならともかく、一般の賃金労働者・市民にとっては縁のないことであろう。毎日マスコミの前で、商店や小売業等の小経営者への補償が何百万円だとか、それが休業補償の全てであるかに自慢げに語っているが、最も困難を極めているのは、解雇・雇い止めにあい、休業補償もない賃金労働者、とりわけ非正規労働者であって、明日の食う米にも困り、アパート代も払えず困窮している労働者である。どさくさに紛れて、そうした思いつきの提案を「教育格差」の解消にしようなどと言うこと自体、彼らが中産階級の立場やポピュリズム(大衆に迎合し人気とりに走る立場)に立っている証であろう。(元教育労働者)

「パートタイム・有期雇用労働法」の意義と限界

「パートタイム・有期雇用労働法」の意義と限界

――労働者の差別・選別こそ資本の本性

労働者保護と労働法制

 

 2千万人にも急増した非正規労働者や女性労働者を苦しめる差別労働の即時一掃は、働く者共通の切実な要求である。コロナ禍で注目されなかったが、「パートタイム・有期雇用労働法」がこの4月に施行された(300人以下の中小企業は来年から)。「正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差が禁止される法律」とされており、看板通りであれば大きな前進だ。

 

 30年前、非正規労働者は雇用労働者の20%でおおよそ1千万人であったが、今や40%、2165万人(19年)と2倍にも増えている。安倍は「多様な働き方のニーズがある」などと、労働者の側のニーズで増えたかに語ったが、言うまでもなく安上がりで雇用調整に便利な(つまり首切り自由)労働市場の形成を求めてきた資本の要請に、労基法改悪や労働者派遣法の制定などで応えてきた結果であった。

 

 労働法制は、賃金奴隷として不安定で圧倒的に弱い立場にある労働者の保護と、賃金や諸手当・福利厚生などを利潤を圧迫する費用としか見ない資本の論理とのせめぎ合いの中で変遷してきた。労働基準法は、労働者保護の基本法として憲法と一体のものとして制定され、その後、労災補償保険法や最低賃金法も制定されたが、市場原理と規制緩和こそが資本の繁栄の基礎であるとされた1980年代の中曽根、竹下政権の下では変形労働時間制導入など労基法改悪が強行された。非正規労働者の増加でワーキングプアが流行語にもなった10年前には労働者派遣法改正で日雇い派遣が禁止され、民主党政権下で、長年議論されてきた労働契約法が成立するなどしてきた。

 

 労働契約法20条では「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」を定めていたが、「何をもって不合理とするか」の明文規定はなく、おまけに民法と同様に罰則規定も労基署の指導監督権もなく、裁判で争うしかなかった。罰則の無い、いわば「要請」に過ぎない労働契約法の無力さを象徴する事件が昨年2月起きた。労働契約法では、雇用契約を繰り返し契約期間が5年を超えると無期労働契約への転換を求めることができる、いわゆる「5年ルール」が規定されているが、経団連会長・中西宏明が会長を務める日立製作所で、無期雇用を求めた女性を解雇したのである。日立は、「5年ルール」は無期雇用を求めることができるだけで、雇用側の義務とはなっていないし、事業の縮小と配置転換先がないのだから解雇に合理的理由があるというのである。安倍の応援団長企業の遵法精神の欠如と、資本のエゴイズムを物語って余りある。

 

労働契約法と同じ罰則規定欠く新法

 

 そこで、今回の「パートタイム・有期雇用労働法」であるが、「不合理な待遇差の禁止」と「待遇差に対する説明義務」を企業側に求めているが、「何をもって不合理とするか」については、厚労省の告示で示された「同一労働同一賃金ガイドライン」しかなく、労働契約法と同様に罰則も強制力もない。かろうじて、労基署や労働委員会の行政権が及ぶことになったが、多くの労働争議が司法(裁判)に持ち込まれるように、そこでの判断によってしか強制力はなく、現状での労働者保護は、判例を積み重ねることでしか実現しないのである。

 

 それでも、「パートタイム・有期雇用労働法」の施行によって、多くの企業で諸手当や福利厚生で、待遇差を縮める動きがあった。これまで全くなかった退職金も義務化されるなど適用範囲は広く、非正規労働者の待遇は改善されていく方向にはあると言えるだろう。

 

 日本郵政では、42万人の社員のほぼ半分、20万人が非正規労働者(ゆうメイト)として働くが、正規だけの年末年始勤務手当の年末を廃止して、年始を非正規に支給したり、正規の住居手当を10年かけて段階的廃止して非正規に支給するなど、一連の「見直し」の基調は、正規から平均30万円を削り、非正規に振り向けるといったものである。

 

 つまり総人件費の増加を抑えて待遇差を縮めるというもので、JP労組内にはこの「見直し」への不満があった。組合にとって既得権の侵害は大問題だが、同じ職場の労働者を正規と非正規の差別待遇で正規を取り込み、非正規を使い捨てにするのは資本の常套手段だ。既得権擁護よりも差別された弱い立場の非正規の待遇改善を優先することで、同じ労働者として共通の利益のために経営側と対峙する道を進むべきだろう。

 

 日本郵政で働く非正規労働者は、日本郵政に直接雇用されているが、派遣労働者(約180万人)の場合はどうであろうか。「パートタイム・有期雇用労働法」と同時に「労働者派遣法」も改正され、派遣先の企業の正社員との均等・均衡待遇が求められ、同じく4月施行となった。賃金や退職金、諸手当、福利厚生で派遣先の正規労働者と同一待遇が基本だが、派遣先が変わることもある派遣労働者の同一待遇のやり方は一律に規定できず、例えば退職金は派遣時給に退職金相当の6%分を上乗せするといったことや、派遣元と派遣労働者の過半数で組織する労組との協定で決めることを、「ガイドライン」で示している。

 

「差別労働一掃」の闘いは「搾取の廃絶」の闘いとともに

 

 差別労働の一掃の課題にとって、共産党のように「非正規労働者を正規労働者に」すれば解決するといったことを掲げるのは、まったくの幻想にすぎない。正規労働者が非正規労働者より待遇が良い身分を与えられることで、しばしば資本に取り込まれ保守化し、労働組合さえ牛耳って労資協調を推進して、過酷な資本の搾取の先兵となっていることを知らないかである。正規労働者であっても、女性は出産育児を理由に劣った労働力とみなされ、男性も学歴差はもちろん、転勤の可否、組合活動や思想などあらゆる理由で差別されているのだ。

 

 労働者の地位は、資本の支配によって根本的に規定されているのであって、本質的に賃金奴隷である。賃金制度と賃労働は、労働市場における労働者相互の競争に基づいて成立している。だからこそ資本は、過酷な労働にも耐える健康で優秀、従順な労働力をこそ求め、あらゆる属性で労働を差別、選別して競争させているのだ。「非正規労働者を正規労働者に」は、せいぜい平等な搾取を要求するものに過ぎず、資本の本性と資本の本性を限りなく過小評価し、資本との共存共栄を夢想する、最悪の労資協調主義である。差別労働の一掃の課題は、搾取の廃絶の課題の中でしか実現しないのであって、そのためには広範な労働者の階級的な意識の発展のために奮闘すべきである。

 

《坂井》

慢性的ストレスの労働者が罹患――新型コロナといかに闘うか

 労働者党HP巻頭言に「新型ウイルスは、慢性的にストレスを受けている労働者が罹患――資本主義との闘いの一契機にしよう」という論評が掲載されました。

 「労働者及びその家族が多く感染し死亡した事実から、それは何故なのかという疑問を解く」ために論じています。

 「利潤獲得競争に明け暮れる資本主義では、カネのかかる感染症医療への備えは軽視されてきた」。しかし、本稿は、この問題は「考慮の外において」論じながら、「賃労働下の『労働環境』に起因する様々な疾患と、免疫力の低下について、政府は個々人の生活習慣に根本的な原因があるかに言い、真の原因追求を放棄してきた」と指弾し、「コロナ問題は『人類共通の敵』という問題ではない。コロナ禍もまた、労働環境病と同じく賃金労働制ゆえの禍であると捉えて、資本と闘っていく時である」、と論じています。ぜひお読みください。(I

 
労働者党の巻頭言は、こちらをクリックすれば読めます。

大阪維新の「緊急事態の出口戦略」

大阪維新の会を立ち上げ、未だに話題の橋下や、府知事を今、務める吉村洋文らが、現下の新型コロナウイルスに対し「国は出口戦略がない」と非難しています。「国が出口戦略を作らないなら、大阪モデルと作ろうと決めた」とさえ言います。

 

政府自民党の下でコロナ対策が確かに長期戦になっています。これには初動対応の遅れがあったというべきで、それはPCR検査が徹底されなかったことです。ポリメラス・チェイン・リアクションは、病原菌をいわば加速度的に増やすことによって、その検査に役立てるものです。その検査体制を早期に確立し、陽性者の把握を先ずは優先すべきでした。医者なら誰でもわかりそうなことですが、何が邪魔して政府に強く提言しなかったのでしょうか。考えられるのは、やはり資本家階級の力です。医者に限らず、科学者、法律家、それに音楽家でさえ、資本家に雇われた賃金労働者に甘んじています。国会でも学歴差別の話題には事欠きませんが、学歴だけでなく、しっかりとブルジョア的な立場に立っている人が尊重され、むしろその人のために、学歴はお飾りとして利用されています。

 

それを批判するかに見える維新ですが、大した違いはありません。229日に出演した「胸いっぱいサミット」で、橋下は「全員PCRなんか、やらなくていいのですよ」と言っていました。その後、本人の体調不良もあって検査を受け、前言をひっくり返したのです。後で他の出演者から、その件で揶揄されていました。

 

吉村知事が挙げている深刻な問題は、倒産、失業、そしてそこで失われる命です。具体的には、カラオケボックスやスポーツクラブ、ナイトクラブなどの業種から休業を解除すると言います。しかし、問題になっているのは中小零細業者や、個人事業主であって、そこで実際に働いている人々ではありません。さらに、どの業種から解除を始めるかは、患者の入院ベッドの利用状況などを指標とする「独自の基準を策定」するというのです。大阪府だけの問題ならいざ知らず、全国で、むしろ全世界で問題になっている問題に、独自の基準と云うのです。事態をより悪化させる可能性が広がります。(大阪・杉)

★ 自民党と反動の改憲策動、軍国主義路線を断固粉砕しよう!
★「搾取の廃絶」と「労働の解
  放」の旗を高く掲げよう!
★労働者の闘いを発展させ、
  労働者の代表を国会へ!
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