労働の解放をめざす労働者党ブログ

2017年4月結成された『労働の解放をめざす労働者党』のブログです。

2023年01月

生涯革命家であった林紘義氏を偲ぶ――獄中日記を紹介

神奈川で『資本論』の学習会を行っている「横浜労働者くらぶ」発行の『労働者くらぶ第25号』から、労働者党元代表の林同志について書かれた記事を紹介します。

 

マルクス主義者であり生涯革命家であった林紘義氏を偲ぶ

――林紘義著『哀惜の樺美智子』の中の獄中日記を紹介

 

2017年の衆院選で圷事務所であった横須賀の実家を片付けていたら、本でぎっしり詰まった引き出しから、60年安保闘争でなくなった樺美智子さんの遺稿集『人しれず微笑まん』(三一新書)と林紘義著『哀惜の樺美智子』(三一書房)がでてきた。しばらくその2冊のページを懐かしくめくってみた。

 

林著の『哀惜の樺美智子』には副題として「60年安保闘争獄中日記」とあるように、195912月初めに逮捕され翌年7月まで獄中でまさに本の虫になってレーニン全集やドストエフスキー文学など計画的に読了していき、独房での生活は彼を確固たる革命家に鍛え上げていったと言えるだろう。

 

獄中日記のページをパラパラとめくっていたら、ふと目にとまったところがあった。そこを紹介してみたい。

 

「規則正しく、熱心に読書。決してこの期間をムダにしてはいけない!」そして、前年の秋、地下鉄での友人Tとの会話を思い出す。友人Tは「林、資本主義社会の矛盾の根本は何だと思う?」「生産と所有の機械的分離だろう?」「そうかなぁ?」「じゃあ、何だ?」「労働者の商品化さ。人間が商品化されるということさ」そこで二人はなかなか譲りあわずにはりあった。

 

またしばらくして――2、3週間のちか――会ったとき、「林、まだあの意見に固執するのか?」「するね」とぼくは答えた。「考えてもみろ、社会主義革命が起こって、では社会主義的生産を組織する、ということになった場合、「労働者を商品化しないように…」というのは正しい。

 

しかし労働者の商品化というのは、流通過程におけることで歴史的な生産過程および社会関係の解明とはなっていない。それは違う次元の問題だと思う。それはむしろ結果であって原因ではない。だから、ぼくは賛成できなかった。うれしいことに、マルクスも次のように言っている!

 

 「資本主義的生産は、生産的労働者が彼自身の労働力を自分の商品として資本家に売り、この労働力が次いでその資本家の手で単に彼の生産資本の一要素として機能するということに基づく。流通に属するこの取引――労働力の売買――は生産過程を導入するばかりでなく、生産過程の独自的性格を含蓄的に規定する」(『資本論』第2巻 青木書店版502頁)

 

 そして続けて、マルクスは明言する。「一つの流通行為をなす導入的行為、すなわち労働力の売買は、それ自身また社会的生産物の分配に先行し、その前提をなす生産諸要素の分配――すなわち、労働者の商品化としての労働力と、非労働者の所有としての生産手段との分離――に基づく」

 

 そしてこの議論について林氏は、自ら振り返って、注を書いている。

 

資本主義の矛盾の根本――このような議論にたいした意義があるとも思えないが、宇野理論(もしくは新左翼一般)の俗流ヒューマニズムへの批判の萌芽みたいなものがある。資本主義の矛盾の根源を「労働力の商品化」に求めるのはそこに直接に「人間疎外」「非人間化」――“もの”でないものの“物化”!?――を見るからで、そこには社会的矛盾を、社会体制の問題としてよりも、まず人間個々人の疎外の問題に引き付けて理解しようとするプチブル的傾向があった。それに対して、ここには漠然とではあっても、生産手段の私有の(つまり私的所有に基礎をおく社会の)止揚が根本であって、この課題を“ヒューマニズム”的解釈でゆがめることへの“即自的”反発みたいなのがあったのだ。こうした似非ヒューマニズムは、黒田哲学においても、宇野経済学においてもはっきりと見てとれたのである。

 

 ここにおいても、林氏のマルクスの思想理論をゆがめることなく、労働者の目指す視点が間違いなくとらえられていたことが友人Tとの議論からも読み取れる。

 

林氏が逝去されて、早や3年がたとうとしている。かつて林氏に90過ぎまでは活躍してほしいというようなことを言ったことがあるが、それは叶わなかった。残念である。だが残った我々でマルクスの理論を労働者の理論を的確に現代に反映していくし、していかなければならないと思うのである。(A)

 

〔「横浜労働者くらぶ」2月の予定〕
横浜学習会予定202302

   連絡先 080-4406-1941(菊池)
  Mail:Kikuchi.satoshi@jcom.home.ne.jp

「維新」に捨てられた「減税日本」——河村市長の醜態

「維新」に捨てられた「減税日本」
  ——河村市長の醜態——

 

「維新」に捨てられ、大村知事には「俺は河村とは違う」と、名古屋市議選を前に慌てふためく河村市長の「減税日本」。マスコミにも〝見透かされた″政党の命運は!?

 

 名古屋市長河村率いる「減税日本」の市議団長を務めていた手塚市議が、「日本維新の会名古屋市議団」を結成し、「維新」と「減税日本」は4月に行われる名古屋市議選で対決することになった。

 

「維新」は名古屋市のすべての区(16区)に候補者を擁立する予定であり、12名の現職市議を有する「減税」と真っ向から選挙で競うこととなった。県議会でも「減税」の愛知県議2人は特別党員として所属していた「維新」を離党し、県議会の会派名も「減税維新」から「減税日本」に11月24日付で変更した。

河村頼みの「個人商店」とマスコミにも見透かされ辛辣に〝評価″される

 

河村の「個人商店」と言われていた「減税日本」は河村人気に引き寄せられ、あわよくば市会議員(名古屋市議議員報酬年間1455万円、「減税」は800万への引き下げ条例を提案するが否決されている)に成り上がろうとする〝山師″のような連中が河村人気で2010年の市議選で28名当選者し市議会最大会派になった。

 

しかし〝山師″は相次いで不祥事を起こし15年の市議選では8名に激減した。19年の市議選では「維新」との連携を前面に出して14名当選。

 

今年の市議選も河村は、「維新」と連携し戦うつもりであったが、「約束があったわけでもない。お互い切磋琢磨していこうという形になった」(「維新」、藤田幹事長)と袖にされた。

 

河村も「向こうが戦うといっているから、こっちも戦うよりしようがない。徹底的に戦わせてもらう」とタンカを切ったが「減税日本所属議員は、他党の議員のように地域活動や後援会活動、市民を巻き込んだ政策立案活動を進める議員はいない。河村人気を背景に選挙の際に耳障りのいい公約を並べて、いわゆる無党派層を取り込む形で選挙戦を戦っている政党」(共同通信)とマスコミにも見透かされ政党としての存続が問われる選挙になるだろう。

 

しかし、「減税日本」の市議選に向けた動きはほとんど伝わってこない。共同通信に見透かされているように、「河村商店」店主・河村市長に全て依存している議員が大部分である。宣伝カーから「皆さーん○○に投票してチョーよ」と、河村の名古屋弁丸出しの連呼に河村だのみの「減税」市議が、地方選の重点選挙区と位置づける「維新」とどう戦うのか?

 

河村の政治的立場は、労働者党が何度も繰り返し暴露してきたように、生粋の反動的な民族主義者、国粋主義者で、〝庶民派″は品行下劣なエロおやじをの別名でしかない。

 

トヨタ所属の女子レスリングメダリストの金メダルを噛み問題となり、副市長がトヨタに謝罪に行くも門前払いに等しい対応が報じられた。河村は庶民派(実態は品行下劣なエロおやじ=11月には公務で出席したイベントで女子アイドルとの写真で卑猥なハンドサインで謝罪)をアッピールしてきた。

 

愛知県と名古屋市で共催して開催された「2019あいちトリエンナーレ」の天皇の写真や「少女像」(戦時中の慰安婦を暴露した像)などの展示に対して、「売国的」で「反日的」だと右翼国粋主義者の立場と寸分たがわぬ主張を繰り返し、ご当地の高須、百田、有本の右翼連中や大阪の吉村知事まで参戦して、大村知事のリコール運動を繰り広げた。

 

結果は大量の偽装署名がリコール事務局長らによって大掛かりに集められたことが明らかとなり、リコール運動の首謀者で扇動者であった河村や高須は自分は関係がないとしらを切り通した。

 

裁判にも敗訴し、大村には、「嘘に嘘を重ねる河村」と批判される

 

河村は愛知県大村知事からトリエンナーレの名古屋市負担分の支払いの訴訟を起こされ、地裁で敗訴し、控訴を退けた名古屋高裁判決を不服とし最高裁に上告した。1月14日負担金を条件付きで支払ったと報道された。

 

河村が裁判に固執するのは、かつての「盟友」大村との政治的立場の相違や政治的手法の違い(河村は争点を単純化する〝劇場型″、大村は後援会を中心とする〝組織型″)など、今や不倶戴天の敵となった大村知事への反発が本当の所だろう。

 

大村は言う。「人は、一つ嘘をつくと百の嘘をつかなければならなくなります。おそらく彼が企画・立案し、全面的に支援した、私に対するリコール運動の『署名偽造事件』も、『あいちトリエンナーレ』に関して事実と異なることを並べ立てて一方的に私を攻撃したことも、それが最もわかりやすい形で現れたものです。」(トランプ支持者の連邦議会議事堂への乱入を引き合いに)「河村氏の場合も、まさに、すべては嘘から始まりました。公然と嘘をつき、その嘘が暴露されたら相手を嘘つき呼ばわりする。嘘に嘘が重ねられ、彼は人々をミスリードして“クーデター”が企てられました。署名の大量捏造が行われ、民主主義の神聖な原則が踏みにじられたのです。度を超えた今回の事態に対する河村氏の説明責任は、徹底的に追及されなければなりません。」(2021年5月28日文春オンライン)

 

かつて、同じ街宣車の壇上でエールを交わし、コスプレ姿で報道陣の前に登場し「盟友」と称された河村と大村の関係は、もはや文字通りの敵同士である。2月5日投票の県知事選で自民、公明、立民、国民、から推薦をもらった大村は「これまでうまくやってきた結果だ。俺は河村とは違う」と言って、河村を見下し自画自賛したのだった。 (愛知古川)

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