新党の歴史、その特徴
――俯して地に恥じず、仰ぎて天に愧ずる無し
私たちはは60年安保闘争の直後に、社会党や共産党はもちろん、一切の〝新左翼〟諸派から手を切り、独自の闘いを始めてからすでに55年になんなんとする党派です。
確かに共産党のように一つの名で闘うことなく、「全国社会科学研究会(全国社研)」、「マルクス主義労働者同盟(マル労同)」、「社会主義労働者党(社労党)」、「マルクス主義同志会」等々と、そのときどきの客観的、主体的な状況の中で、また私たちの闘いの課題や性質に応じていくつかの名のもとに闘ってきたました。しかし名前は一貫しているが、内容では一貫しておらず、まさに堕落の一途をたどった共産党とは違って、闘いの原則や基本的な内容では終始一貫、変わったり、ゆらいだりすることはなく活動してきた党派です。
共産党は2年ほど前には、〝唯一の〟革新政党を謳い、民進党(当時、民主党)を日和見主義であり、保守分子まで多く含む堕落した党だと攻撃し、〝自共対決〟を呼号していました。ところが最近の大会では、民進党との連携を絶対視し、〝野党共闘〟こそ自民党と対決し、それを打倒する唯一の道であると叫び、あまつさえ、そんなものが「政治闘争の新しい段階」であり、その偉大な進化であるといった、大層な「政治哲学」か何かは知らないが振りまいていい気になっているような党です、つまりプチブル党、日和見主義党という以前に、ドグマに取りつかれた単なる愚劣な党です。
私たちは新左翼のテロ党派、内ゲバ党派とは全く違った〝議会主義〟路線を採用し、またその闘いを通して労働者、勤労者に訴え、組織し、闘いの道を切り開くことを課題にも目的にもしてきた党派であって、私たちほどに合法的であった党派はなく、私たちに比べれば、自民党ほどに、安倍政権ほどに〝非合法〟そのもので、〝超法規的〟言動をこととする、下劣で卑しい党派はないのです。
私たちの内部でも激しい論争や路線対立もしょっちゅうでしたが、しかしそれが暴力的な対立に至ったことは一度としてなく、まして新左翼諸派のような、野蛮で愚劣な「内ゲバ」といったものに関係したことも一度としてありません。
長い活動の中で、一度として幹部等々の金銭腐敗が問題になったこともなく、予算、決算等々で不正や疑惑が問題になったこともありません。
今回の結成大会では、10年ぶり、20年ぶりの赤字のない、前年度一般財政の決算報告がなされ、新党にそれが引き継がれることになりましたが、それは収入が増えたということではなく、支出を大幅に切り詰めた結果に過ぎません。
だから我が党は、まさに河上肇の晩年の詩にあるように、河上肇の人生そのもののように、「俯(ふ)して地に 恥(は)ぢず, 仰(あふ)ぎて天に 愧(は)づる無し」の党です。
期待と信頼を寄せられることを!