育鵬社版教科書採択に反対して闘っている仲間からのレポートです。

 

育鵬社版歴史教科書を不採択に

――菅政権は反動教育も継承か警戒

 

 

 821日、私の住む市の教育委員会(以下教育委)は、20214月から中学校で使用する歴史教科書として東京書籍版を採択した。教育委は2015年、2019年と過去2回続けて育鵬社版を採択してきた。2015年の採択委員会ではまともな議事録が作成されておらず、情報公開請求や再審査請求をしてきた。その却下をうけて教育委を被告として行政裁判を行っている原告の1人として、今回育鵬社版採択を断念させたことをまずは喜びたい。

 

 過去2回の採択を振り返ってみる。

 

 2015年の採択では学校票(各中学校の教員の多数意見が反映されたもので学校ごとに採択候補一位、二位を決定)は12校中10校が東京書籍版を推したが、教育委が人選した3人の調査員は育鵬社版を推した。採択委員会(教育委に答申する機関、以下採択委)は育鵬社版を支持、他の教科のほとんどは学校票と調査員票が一致しており、歴史教科書のみ意見が分かれ、地元の新聞は「異例のねじれ」と報道した。教育委は「採択委意見を尊重する」として育鵬社版を採択した。

 

 2019年はなぜか2020年の採択があるので調査員票は2015年のものを使うとされ、学校票のみ作成された。4年間育鵬社版を使用した(させられたというべきか)現場教師達はまたも育鵬社版を拒否して学校票の多数は東京書籍版を推した。2015年の調査員票と2019年の学校票の「ねじれ」が前回同様あったが、採択委は東京書籍版を第一位として答申。公開された採択委の議論では「実際に育鵬社版を4年間使ってみた教師の意見は尊重すべき」等の意見が出て、採択委の対応は前回と違った。ところが、2015年には「採択委意見を尊重する」と言っていた教育委は採択委意見を無視し、またもや育鵬社を採択した。

 

 今回は育鵬社版が採択されなかったとはいえ、「採択権限は教育委員会にある」という安倍政権の遺産は有効であり、採択では現場教員等の意見はほとんど言及されることはなく、5人の委員の多数決で決定された。学校票は東京書籍8、帝国書院7、育鵬社5、調査員票は東京書籍A、帝国書院B、育鵬社Cを受けて、教育委に答申する採択委の意見は一位東京書籍、二位帝国書院であった。

 

育鵬社版にただ一人賛成した委員(開業医)は「東京書籍は日本色(?)が少ない、トルコと日本の友好の記述が少ない、ベルトール号事件、赤穂浪士、日出処天子など育鵬社版はよく書いている。日本書記など神話が必要。武士道、歴史上の人物よく書かれている、歴史はヒストリー、ストーリーだから物語、育鵬社版は物語として楽しく読める」と推す理由を述べている。

 

この委員は国語、地理、英語、理科などでは発言せず、歴史では饒舌だった。しかし社会(歴史、地理、公民)だけでも各社合計5000ページを読みこなし、比較・検討したのか?教科書と一般書籍との違いも認識していない。「歴史は物語」と思うのは自由だが、教育委員としては余りにも無定見。

 

また、教育長は「育鵬社版は日本人としての誇りを大切にしている。女性の活躍が書かれている。東京書籍版は神話の記述が増えている。領土問題のバランスが良い」と発言して東京書籍版を支持。この方は元体育の先生で教育委のなかでおそらく教員免許を持つただ一人の方だが、無理に育鵬社版でなくてもよい理由が「神話」「領土問題」なのだ。

 

社会科の先生なら「日露戦争について、育鵬社は乃木希典や東郷平八郎は書いても、他社が載せているこの戦争に反対した内村鑑三、幸徳秋水、与謝野晶子は無視している」と比較検討しているはずだが、先の医師の委員同様、全教科書を読みこんでの発言なのか、単なる自分の見解(日本会議や政府への忖度か)の披露なのか。

 

 201547日の文科省通知では「教科書採択は・・・教育委員会その他の採択権者の判断と責任により」と書かれてあって、採択権は教育委員会にあるとする行政側解釈が幅をきかせ、それに悪乗りする教育委員が上記のように存在する。しかし通知には先の引用に続いて「綿密な調査研究に基づき、適切に行われる必要があります」とある。「綿密な調査研究」とは何か?「必要な専門性を有し、公正・公平に教科書の調査研究を行うことのできる調査員等を選任し、教科ごとに適切な数配置するなど体制の充実を図る」等とされている。

 

教育委員が三カ月の期間で9教科、15分野、130点あまりの膨大な教科書を読みかつ比較検討することなど、通知から導き出すのは無理であり、誰も期待していないし、実際無理である。各科の教員免許を持つ現場教員こそが、日々の授業、研究、実践によって合理的・効率的に教科書を比較検討できる。従って、学校票や調査員票を踏まえない判断は文科省の立場からも許されないはずである。

 

 安倍政権の反動教育を継承すると宣言する菅政権のもと、反動的な教科書採択が今後もなされない保障はなく、今後も監視・暴露を強めていく必要がある。

(F・Y)