バイデン民主党新政権が始動──「国民の結束」謳う

共和党トランプに替わって民主党バイデンが大統領に就任した。就任式典は、会場である連邦議会議事前広場には、新大統領を祝う支持者もなく、その代わりに大量の国旗が建てられ、軍隊の兵士の厳重な警備の下という異例な式典となった。軍隊に守られての新大統領の就任は、米国の深刻な「分断」を象徴している。

トランプからバイデンに交代

トランプ政治の下で国内の「分断」は一層進んだ。トランプは、「アメリカを再び偉大な国家に」をスローガンに、移民を排撃、黒人やアラブ等の人種差別を煽った。「アメリカ・ファースト」を唱え、独断的な外交をおこなった。

新型コロナウイルスについても、非科学的な言説で対応を放棄、その結果、死者42万余、感染者2500万余(28日現在)の世界一の犠牲者を生み出した。

大統領選では、トランプはバイデンの得票が「不正」だとデマを飛ばし、反動的な白人至上主義団体を煽り、デモ隊は国会議事堂に乱入・占拠事件を引き起こした。そして、共和党の支持者の7割がこのトランプのデマ信じているという。

バイデンは主要な課題として、アメリカ社会の「分断」の克服を挙げた。バイデンは大統領就任演説で、トランプ派の議事堂乱入を、「民主主義を破壊しようとする、過激主義や白人至上主義、テロリズムの台頭」と批判し、「赤い州(共和党の州)と青い州(民主党の州)を対立させ、農村部と都市部とを対立させ、保守派とリベラルを対立させる、この不穏な国内対立、このとんでもない闘いを終わらせなくてはなりません」と「国内の統一」を訴えた。

バイデンは、大統領就任と同時に、メキシコ国境の壁建設の停止、中東、中央アジア、アフリカの一部イスラム諸国からの入国禁止の撤回、不法移民に対して停止されていた補助金支給の復活などの大統領令に署名した。これらはトランプが残した一連の人種差別政策の撤廃であって、トランプ大統領時代以前の状態に戻したということであって、それ以上ではない。

既に法的には人種差別を禁止し、全ての国民の平等を定めた「公民権法」がある。そして2008年には初めての黒人のオバマ大統領を誕生させている。オバマは「人種的和解」を訴えた。だが、オバマの訴えとは逆に、白人至上主義が活発となり、人種対立はより激しくなり、オバマの後に人種差別主義者=トランプを大統領として出現させたことが問われているのだ。

トランプの人種差別

黒人ら非白人に法的に「平等」が保証されているにもかかわらず、黒人をはじめとした人種差別が続き、人種対立が激化してきたのは、国の中心的存在と自認してきた白人労働者の生活の悪化である。

第二次大戦後から1970年代にかけてアメリカの「黄金期」と言われた時代には、自動車、鉄鋼、電機など主要産業の白人労働者は引く手あまたで、高校を卒業し働き始め、50歳近くで引退、それでも十分な貯金が出来たし、年金も得ることが出来た。これが中間層といわれる白人労働者の現実だった。しかし、アメリカの繁栄を支えた製造業は次々と外国との競争に敗れ、あるいは賃金の低い海外に工場を移し、高度の知識・技能を持たない一般労働者の生活は急速に悪化してきた。彼らの不満は、政治を牛耳ってきた既成政党、エリートや中東、中南米などからの移民に向けられた。彼らは、移民に対しては、低賃金で仕事を奪う競争相手、政府の福祉政策(国民の税金)に依存して生活する“寄生的”存在と反感を募らせてきた。

さらに、白人の全人口に占める割合の低下にも白人は危機意識を募らせ来た。白人の割合は1965年には84%だったが、2017年には60%に低下、2045年には50%を割ると推定されている。白人は国の中核的存在として特権的地位を占めてきたが、やがては少数派に転落してその地位を失うという恐れからも移民への反発を強めてきたのである。

トランプはこうした貧困化した白人労働者の鬱屈した感情につけ込み、勢力を伸ばし大統領となった。トランプは2期目の大統領となることに失敗はしたが、なお共和党内外に多くの影響力を残している。

バイデンの「国民の結束」のための政策

バイデンは「国民」の「結束」を呼びかけ、「中間階級を立て直し、雇用の安定」を約束している。

その主なものは、アメリカ製品を大量に購入する「バイ・アメリカン」政策である。品目別のアメリカ製品の使用比率を引き上げたり、外国製品の使用を認める適用除外を厳しくしたりする。4年間で4000億ドルの調達費用を政府が支出する。またAIなどのハイテク分野に投資し、300万の雇用増加を見込む。また生産を海外移転した場合には税額控除の返還を求める「クローバック」条項を設けることを提案している。

これらは国内産業を保護するという意味ではトランプの経済政策とほとんど変わらないものである。トランプは「アメリカ・ファースト」を唱え、自国の産業保護のために自由貿易やグロバリゼーションに反対、オバマが提唱したTPPへの参加を取りやめたが、バイデンは検討するとしつつも、参加するとはっきり語っていない。TPPによる輸入拡大に伴う雇用減少を恐れているためである。

しかし、自国製品の使用を強制する「バイ・アメリカン」政策は、労働者にとって救いとなるものではなかった。トランプは、最大の貿易相手国中国からの輸入を規制したが、これに対して中国も対抗措置としてアメリカからの輸入を規制した。日用品など中国からの低価格の製品の輸入が縮小された結果、アメリカの労働者は相対的に高い価格の製品を買わざるを得なくなったし、自動車、小麦、牛肉などの輸出産業では生産縮小を迫られた。製造業再生で労働者の生活を振興を図るとの約束は、トランプの産業保護策がラストベルトの労働者にとって期待外れに終わったように、バイデンの「中間階級の建て直し」政策も同じ結果となるだろう。

「国民の団結」ではなく、労働者の階級的闘いへ

さらにバイデンは、トランプとは反対に貧困層に対して国家が生活支援をおこなったり、雇用拡大のための大規模な公共事業(温暖化抑制のための太陽光、風力発電など)、医療保険制度充実、最低賃金の引上げ(1500ドルへ)を約束している。そのための歳出増加は10年間で10兆ドルとも試算されている。

新政権は、財源の一部としてトランプが35%から21%に引き下げた法人税を28%まで戻す、個人所得税は最高税率を38%からさらに引き上げ、富裕層への課税を強化するという。しかし、増税は10年間で4兆ドルと試算され、これだけでは財源は足らない。

すでに、コロナ対策などで財政出動は6兆ドル近い空前の規模に膨らんでいる。政府の債務残高は23年度で第2次世界大戦直後を超えて国内総生産(約20兆ドル)の107%に達する。新政権の政策が実施されれば、さらに債務は膨張する。バイデン政権は、新自由主義的なトランプ政権とは反対に「大きな政府」=ケインズ政策に戻ったが、ケインズ政策が経済危機を克服できないことは既に戦後の経験が示している。

新型コロナは低所得階層を直撃し、1800万人が失業保険に頼り、40万の中小企業が廃業した。一方では、新型コロナで経済活動が低下したにもかかわらず、上位10%の富裕層純資産は半年で8兆ドル増え、総額80兆ドルと国内総生産の4倍にもなった。コロナ禍でだぶついたカネが株式に投資され、株価を引き上げたからだ。下位50%は24兆ドルにしかならない。貧富の格差は強まるばかりである。

アメリカの金融業、ハイテク産業は世界のトップであるが、戦後圧倒的優位を誇った製造業は中国をはじめアジア諸国の激しい追い上げによって後退し、一般労働者の生活はラストベルトの労働者に象徴されるように苦境に追い込まれている。大企業、金融業経営者、資産家などの富裕層と働く大衆との貧富の格差はますます広がるばかりである。こうした資本主義の矛盾こそがトランプのような反動を生み出しているのである。

 バイデンは「国民の結束」を訴える。しかし、労働者の課題は、労働者が団結し、私的利益追求を目指す資本による支配を克服していくことである。そして労働者の階級的な闘いの発展のなかに人種差別一掃の展望がある。
(T)