ヘッジファンドに対する若者たちの戦役

――痛快事だが、一時的エピソードに終わるだろう

 

アメリカで、株の空売りで大儲けしようとしたヘッジファンドを震え上がらせる事件があった。事件のあらましはこうである。

 

ヘッジファンドは業績不振で値下がりする米ゲームソフト小売り大手である「ゲームストップ」の株価が値下がりするのに乗じて、大掛かりな空売りをしかけた。「空売り」というのは証券会社などから期限付きで株を借り売却、約束の期間がきたらその株を現物で返すという仕組みで、借りた株の価格が将来値下がりすれば、その差額分が「空売り」した者の利益になり、株価が高騰すれば損失となる。

 

これに対してSNS の掲示板で、「空売りヘッジファンドを締め上げよう」との呼びかけがあり、これに共感した多くの小投資家が「ゲームストップ」株を購入した結果、20ドルにも満たなかった株価はたちまち500ドル超に高騰、同社株の売買代金は、アップル、テスラを超えて米国株式市場でトップとなった。このため、大儲けを企んだヘッジファンドは逆に190億ドル(約2兆円)という損失を被った。

ヘッジファンドとの戦役にはせ参じたのは、「ミレニアル」(1980~90年代生まれ)と言われる多くの若者たちと言われている。国から新型コロナ対応策として、一人1200ドル(約13万円)が給付され、また失業保険も月240ドルに増額された。これを背景に若者たちの間でも株式投資が広まっているという。彼らが利用したのは「ロビンフッド」という株式投資のためのアプリ、1ドルから始められ取引手数料なしという。こうした手軽なアプリを利用して、濡れ手に粟のぼろ儲けを企んだプロの株式投資組織ヘッジファンドに一矢を報いた。

 

新型コロナで多くの労働者が職を失ったり、賃下げを被っているのを尻目に、大資産家はハイテク株など株の騰貴で大儲けしている。資産10億ドル超の資産家たちはコロナ禍で1.1兆ドルの富を得た。ヘッジファンドの大損に「してやったり」と叫んだ若者も多かったろう。

 

朝日新聞は「みんなが善意で団結したことが成功につながった。僕は誇らしい」との若者の声を報じている(131日)。

 

また「10年前の『ウォール街占拠の運動』に通じるものがある。路上に出るのではなく自ら手にした市場ツールで強者に立ち向かった点が新しい」と評価する声もある(同) 。

 

痛快事であったことは確かである。しかし、それも一時的でしかない。高騰した株価はすぐに下落したし、資本は早速反撃に転じた。今回の騒動を招いた「ロビンフッド」やそれを支えた超高速取引業者の行動は、株式市場に混乱をもたらすもので規制すべきだとの声がでている。

 

またSNSの掲示板での呼びかけが違法行為の「共謀」や「市場操作」に該当するのではないかとして犯罪だとみなす非難も出ている。今回の若者の反抗も一時的なエピソードに終わるだろう。

 

新型コロナ禍の下で、日本でも若者の間で株式投資が広がっているという。銀行や証券会社が少額で投資出来るコースを用意し、投資熱を煽っている。かつて80年代のバブルの時代を省みるまでもなく、餌食になるのは少額投資者だ。もともと、株で儲けよう(不労所得を得よう)などという考えは労働の搾取を基礎とする資本の体制に取り込まれている証しだ。 (T)