労働の解放をめざす労働者党ブログ

2017年4月結成された『労働の解放をめざす労働者党』のブログです。

苦悩し闘う労働者

パレスチナ・イスラエル問題について《Ⅰ》

『海つばめ』読者から「パレスチナ・イスラエル問題について」の投稿がありました。パレスチナにおけるイスラエルの残虐な軍事行動が続く中で、この問題を考えるのに意義のあるものと評価し、労働者党の考えとは必ずしも一致しないところはありますが紹介します。なお、ブログ掲載直前に投稿者から「一致しないところ」についての連絡があり、ほぼ指摘通りですので、それも最後に紹介します。(担当)(改行、頁分けは担当が編集)

 

(読者からの投稿)パレスチナ・イスラエル問題について宮本  

 

僕のパレスチナ・イスラエル問題に対する基本的な考え方を述べることにする

イスラエル国は19485月の建国以来すでに76年近く経っており、およそ950万人(74%がユダヤ人、21%が二級国民とされているパレスチナ系アラブ人、他キリスト教徒の白人・黒人・アラブ人など)が住んでいる。一部のパレスチナ過激派(ここで言う「過激派」とはハマス【注】のことではない)は「ユダヤ人国家であるイスラエルを地中海に叩き出せ!」と主張しているがまったく現実的ではなく、ユダヤ人とパレスチナ系のアラブ人との共存・共生、さらにはより一層の交わり融合を目指して国会(クネセト)に議席を持っている政党やそういった考えを持っている多くの市民も存在している状況――ユダヤ人とパレスチナ人との婚姻も最近は珍しい事例ではなくなってきているという――にあってはまったく現状を見ていない極論であって首肯し難い。【注:イスラム抵抗運動の意。20061月に行われたパレスチナ立法評議会選挙で、それまで13年間パレスチナ自治政府を担っていたファタハに代わりハマスが大勝利を収めた。イスラエルによる占領の下請け機関と化し、腐敗したファタハに対する住民の失望の現われだった。07年に、ハマスはファタハのメンバーも入れて組閣し、統一政府の承認と引き換えに、1993年のオスロ合意のラインに沿って、ガザとヨルダン川西岸に主権を持ったパレスチナ独立国家を設立し、イスラエルと長期にわたる休戦条約を結ぶ用意があると申し出たが、アメリカがカザのファタハの治安部門に武器を提供しクーデターを画策、内戦になったが機先を制したハマスが勝利し、以後、カザを統治することとなった。ハマスがイスラエルの殲滅を企画し、二国家案を受け入れていないと日本も含めた欧米の政府が言い、大手メディもそのように報道しているが、現実はその真逆で、イスラエルがパレスチナ独立国家の樹立およびパレスチナとの共存を否定し、ヨルダン川西岸から地中海までユダヤ人至上主義のアパルトヘイトを維持しようとしているのである。】

 

現在のイスラエル政府は202212月にこの間3年半に5回もの選挙をやり直すという混乱を経て成立した連立内閣で、首相のネタニヤフは右派政党「リクード」の党首で、彼が選んだ連立相手は、イスラエルが紀元前1000年頃のヘブライ王国のダビデ王の時代のように運営されることを掲げ極右の宗教政党と言われる「宗教シオニスト党」や同じく極右政党で超民族主義と反アラブ主義を掲げパレスチナ全土をイスラエルに併合すること(「エレツ・イスラエル」)をスローガンにしている「ユダヤの力」であり、イスラエル史上最右翼の政権だと言われている。

 

1967年の第3次中東戦争で占領したヨルダン川西岸やガザ地区の民生を担当する第2国防相、あるいはヨルダン川西岸の治安・警察業務担当の国家安全保相という重要な閣僚をこうした極右・宗教政党の党首が就任している。それ以来、ヨルダン川西岸でのユダヤ人の入植者によるパレスチナ人に対する暴行・殺傷や彼らの所有地から追放後に入植地を政府公認の下に拡大したり――ほとんど国際的な政治的記事を掲載しない職業上僕が購読している『日本農業新聞』にも暴行され住居を壊されオリーブの木も重機で引き抜かれて生活ができなくなったパレスチナ人が難民キャンプに身を寄せざるを得なくなっている事例が数多く報告されていた――、ゲットー化されているガザ地区への締め付けのより一層の強化が行われている。これを、「国家テロ」と言わずして何と言えばいいのか。

 

イスラエル出身のユダヤ人の反シオニスト歴史家で、イスラエルにいると命の危険があるのでイギリスに出国し現在はエクセター大学パレスチナ研究所長をしているイラン・パペ(『イスラエルに関する十の神話』や『パレスチナの民族浄化』などの日本語訳がある)は107日のハマスによるイスラエルへの越境攻撃後に言う、「イスラエルの政治体制が変わらない限り、今後も流血の連鎖は終わらないだろう」、と。彼が言っている、現在の「イスラエルの政治体制」とは一体どういった体制なのか。

 

昨年1024日、グテーレス国連事務総長の発言がイスラエルの鋭い反発を招いた。国連安全保障理事会で演説した彼は、107日にハマスが行った“虐殺”を最も強い言葉で非難する一方で、それが何の文脈もなく突然に起きたのではないことを世界に思い起こさせようと、1967以来56年間にわたるガザとヨルダン川西岸の占領と、あの日起きた悲劇との関わりを切り離すことはできないと説明したのである。

 

すると即座にイスラエル政府はこの発言を非難した。グテーレスがハマスを支持し彼らの実行した“虐殺”を正当化していると主張し、事務総長の辞任を要求し、イスラエルのメディアもこの流れに乗っかり事務総長が「驚くほどの道徳的破綻を示した」などと主張した。

 

「イスラエルの変わらなければならない政治体制」とは、こうした反発が反ユダヤ主義の定義を拡大し、イスラエル国家を批判すること――イスラエル国家が人種差別的でアパルトヘイト国家だという言説やBDS運動(ボイコットBoycott、イスラエル国内からの投資撤収Divestment,制裁Sanction)【注】など――によって「ユダヤ人の民族自決を否定しようとする」ことはすべてナチスによるユダヤ人へのホロコーストの受難を疑いまったく無視する反ユダヤ主義なのだ、という言説がイスラエル国内に大手を通って流布されており、そうしたことを先頭に立って扇動する現在の「イスラエルの政治体制」である。【注:この運動は南アフリカでの黒人へのアパルトヘイトを止めさせる大きな武器となった。】

(読者からの投稿)パレスチナ・イスラエル問題について(宮本   博)

      Ⅰ        

介護問題に関する投稿の紹介

介護問題に関する2つの投稿がありましたので紹介します。ひとつは介護の現場が非常に厳しいという生々しい現実を暴露するもので、もうひとつは医療・介護職場での労組の闘いの報告です。労働者党は介護問題について、2019年の参院選で「困難な介護問題の解決には共同体原理の適用以外にない」と訴えて闘いました。投稿紹介の後、労働者党の介護問題のパンフレットを紹介します。

 

投稿1)どうなる?介護保険制度

 

2023830日の、厚労省の社会保障審議会・介護給付費分科会は、「2040年には訪問介護事業所を約5000増やし、訪問介護員(ホームヘルパー)を約32000人追加確保する必要かある」といった試算を示しました。20年には約114万人だった在宅介護利用者は、40年には152万人に増加するといわれています。

 

ヘルパー不足は深刻で有効求人倍率は全職業の平均が21年、103 倍だったのに対し、介護の求人は364倍になっています。

 

高齢者の在宅生活を支えるヘルパーは減少を続け「最期まで在宅一といったケアが続けていけなくなっているのが現状です。

 

これまで1%前後のプラスを維持してきた介護労働者の入職超過率(常用労働者で割った入職率と離職率の差を示す)が23年の秋、初めてマイナスを記録(マイナス16%)したのです。——548000人が介護分野の仕事に就いたが61700人が離職。離職者が増加する原因は、何と言っても3K職場で、賃金は低く、雇用が不安定といったところにあるのではないでしょうか。

 

神戸市のkWユニオンでは、介護関連の労働者の交流会を定期的に行なっていますが、そこへ参加してみると、大変な状況の中で働いているヘルパーたちの声が上がっていました。グループホームで働く20代の男性は、「人手不足で、8日連勤や月12回の夜勤がしんどい。」また別の訪問介護の20代の男性は「9時、17時の基本勤務だが、早朝や夜の訪問の仕事を入れてかろうじて生活費を維持している。平均すると一日10時間ぐらい働いている。」と話していました。

 

交流会では、大阪市の特養で、組合を失敗も経て結成したという、頼もしい報告もありました。 (42年間の国労書記を経て、母親の介護の経験から、67歳で特養に就職)総職員300名中、パートと正社員計 9名で労組結成。地道に交渉を重ねているということです。私は登録ヘルバーで、移動時の困難さを報告しました。

 

2024年度の介護報酬は159%引き上げられました。(6年に一度の診療報酬と司時改定)2000年度の制度発足時から、1割負担の原則だった介護保険の利用料は、2015年には一定以上の所得の人は2割負担になり、2018年には、単身で年収340万円以上の人には3割負担も導入され、今後2割、3割の対象者が増やされようとしています。介護の社会化がうたわれた介護保険制度のもとで、介護難民といわれる人たちはさらに増えていきそうです。金持ちしか介護を受けられなくなるといったことが、現実のものとなろうとしています。

(兵庫・A)

 

投稿2医療・介護職場の2023年末の闘い

労組無視の賃金表改訂策動を阻止、勝負はこれから

 

医療・介護事業所を市内外に 30 数か所運営、パートを含む総職員 500 名を抱える職場の昨年末一時金交渉はクリスマス前の 12/22 に妥結、支給は正月目前の 12/28。一方、月 172時間労働の職員(2016 年までは一年契約の非正規だったが、労使交渉で無期雇用となる)138 名の受け取る一時金は基本給の 1.01 倍、平均 20 万円にも届かない。コロナ対策補助金がなくなる一方、新型コロナ感染は依然収まらず事業所閉鎖も相次ぎ上半期は赤字決算だ、「原資がない」との経営側を突き崩しての大幅譲歩は勝ち取れなかった。

 

マスコミ報道でご存知のとおり、介護職の低賃金は他の職種と比べ平均月7万円少ないと言われており、当職場でもそれが裏付けられる。138名には看護師も含まれるので介護職に限れば月給はもっと少ない。

 

現在の介護職給与表の一部を紹介する。

1号棒「132,500 円~142,500円」、2号棒「133,500 円~149,500円」・・・・25号棒「156,500円~210,500円」。なお入職1年目の賃金は1号棒、2年目の賃金は2号棒が適用される。公務員なら3か月で号棒がひとつ上がり、一年後は5号棒から始まる。

 

202310月から適用された県最低賃金は時給897円で、事業所の義務的月労働時間172 を乗ずれば月額154,284円。この額は22号棒「153,500 円~208,500 円」適用者でも最低賃金を下回る労働者が出る。2008 年作成の賃金表は 2019 年には最賃額に追いつかれている、と労組は指摘してきたが、ここ数年の最低賃金増額(労働者にとっては小幅だが)で全くの違法(最低賃金法)状態になった。

 

額の低さも問題だが、同じ号棒に〝幅〟があり、号棒が増すごとにその幅は大きくなり、1号棒で10,000円、25号棒では実に54,000円の差がある。そしてその差に関する客観的な根拠は明示されていない。

 

団交ではこの点について「他の事業所からベテランさんに来てもらうために入所一年目でも差をつけたいため」と口頭説明があった。労組側は、「前歴換算表を作成して、号棒適用を上げればよいだけだ、ただし、一つの号棒には一つの賃金額が対応する〝当たり前〟の賃金表に戻す必要がある」と指摘してきた。

 

賃金は労働条件の最も重要な要件であり、労資の敵対的利害を反映する。労働基準法第2条では「労働条件は労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」とあるが、実際は「絵にかいた餅」である。資本の支配する体制では資本側(経営側)が圧倒的に優位であり、労働者は「合法的」に不利な条件を飲まされることになる。賃金額決定についても、この第2条の「労使対等」は労働者の組織力や団結力、実力行使(ストライキ)の闘う態勢があって初めて「同じリング」に上がれる、そして初めて譲歩を勝ち取ることができる。

 

現行法上、就業規則の一部である賃金規定は労働者の意見を聞いたうえで、それが「賛成でも反対でも」に関わらず、労働基準監督署に届けられて受理されれば、職場の法律としてまかり通ることになる。

 

2008年の賃金規定は当時の経営側に「してやられた」のであり、まんまと監督署に受理され、その低賃金のもとで15年にわたり職員は呻吟を強いられてきた。

 

昨年12/13の団体交渉にて、最低賃金に抵触する賃金表改訂にむけて経営側具体案が配布された。介護職賃金表は1号棒「154,800 円~206,400 円」(時給900円~1200円)・・・40号棒「162,000 円~409,400円」(時給942円~2380円)。最賃を3円上回る低賃金、幅のある体系は相変わらず、16号棒「154,800円~311,400円」まで同一号俸での最低額は同じ、つまり最賃額を僅か3円!上回る時給900円を16年続けるのか!?

 

当然、労組が問題点を指摘すると、経営側は改定案を回収し、再検討を匂わせた。ところが後日、経営側が各職場(事業所)に改定案を配布し労働者代表の意見を集約しようとしていたことが判明。労組は職場委員会で検討し、12/19に「抗議及び申し入れ」(労組無視の対応は不当労働行為であり厳重に抗議、謝罪と労組との誠実な協議を求める。無視の場合は県労働委員会に不当労働行為として救済申し立てする旨)を行った。そして、冒頭の12/22団交席上経営側から「謝罪と回収」の言質をとるに至る。

 

労組の執行委員連絡網より、12/31A職場2120○○理事より回覧している賃金表を中止するよう指示あり」、B職場2123賃金表中止、再検討、新たな賃金表だすと事務者から言われた」、2127C職場「回覧はもともと中止を所長に求め、待ってもらっていた」、私 2327「事務、運転、調理、清掃の職種を一つの賃金表で済ませている、賃金額の低さをはじめ、2008年の賃金表の体系は変わっていない、つっこみどころ満載だ、一年後に改訂必至の短命賃金表だ、理事の方は、もし自分の子や孫が、こんな賃金表のもとで働いていたならどんな思いをもつのでしょうか?出入り業者に納入額を買い叩くのと同じ感覚で賃金を抑え、かつ恣意的に(基準や決まりに拘束されず、つまり説明できず、好き勝手に)賃金額を決めることができるように〝幅〟を大きくしておきたいと考えているように思います。それでは透明性も客観性も保証されず、認める訳にはいきません」、委員長「皆さん、来年も力を合わせて頑張っていきましょう」。資本の労組無視の賃金表改訂策動を阻止し、生活改善のために労働者の闘いは続く。 団結を固めて労働者の階級的な闘いを前進させていこう。(愛媛 FY)

 

 

労働者党「困難な介護問題の解決に向けて」パンフレットの紹介

(序文から抜粋)

https://wpll-j.org/japan/books/books1.html#senkyopannhu1

 

 現在、社会保障の問題、その中でもとりわけ「介護」の問題は今後10年、20年の日本の国家、国民にとって最大の、そして最重要な困難な課題の一つになっています。この問題を賢明に、そしていくらかでも正しく解決できるかどうかは、日本の近い将来の経済、社会、さらには国民の生活を大きく左右するといって決して過言ではありません。

 

この小パンフは、まさにそうした課題に応えるために、19参院選を前にして提出されるものです。私が、介護保険制度が発足した2000年以降、20年足らずの間に、時に応じて、また我々のなかでの議論中で執筆し6つの小論文を収めてあります。

 

しかし執筆された時は前後しています。冒頭の文章は、病を得て病院に入院していた昨年の暮、難しい介護問題に対する解決の道を明らかにしようとして記した、いわば我が党の基本的考えを、綱領的観念を素描したもので、その後の5つの小論は、その観念を一層具体的に、あるいは深めて展開したものです。基本的な観念を擁護しつつ、その上に立って、内容はそれぞれ別個の課題に応えるもので区別されます。

 

「介護の担い手を家族から社会全体へ」の合言葉と共に発足した2000年の介護保険制度から20年、介護問題の現実は解決に向かうどころか、一層の難しい状況に直面しており、少子高齢化のさらなる進行の中で、財政の面からも、それを担う“人材”の面からも崩壊に瀕しているのが現状です。

 

発足時の介護制度の総費用は3・6兆円でしたが昨18年には11兆円を越え、要介護認定者は約20年で、218万人から644万人の3倍に急増し、さらに敗戦後の三年間に、数百万の規模で生まれたいわゆる「団塊の世代」が75歳以上の後期高齢者になる25年以降には介護問題は危機の頂点を迎え、費用の点でも担い手の面でも崩壊に瀕します。

 

何と25年には認知症の高齢者は700万(高齢者の5人に1人)という、空恐ろしい数字に跳ね上がると想定されています。介護の担い手は245万人が必要と算定されていますが、数十万も不足し、安倍政権も目先のことに場当たりに対応するだけで、なすすべも知らず、てんやわんや右往左往するだけです。海外から数十万の“人材”を導入し、依存するしかないと大騒ぎですが、これも確実な見通しのあってのことではありません。

 

 私たちはそんなときに、参院選に向けての闘いの中で、この問題に対する一つの解決策を提出し、労働者・働く者にその信を問うことにしました。

 2019年3月6日 林 紘義(参院選比例区候補)

困難な介護問題の解決に向けて

【目次】

一、困難な介護問題の解決――共同体原理の適用以外にない

二、問題だらけの見切り発車――2004年実施の介護保険制度

三、カネと賃労働で解決可能か――資本の下での〝高齢者介護〟の限界

四、破綻する現行介護制度――苦悩する介護労働者たち

五、介護問題の真の解決のために――〝介護の社会化〟を超えて

六、社会保障制度の真の解決の前提――労働の解放とその合理的、全般的な再組織、再編成

 

発行 全国社研社 頒価100円+送料

購読申し込みは党員または全国社研社までご連絡ください。

黒田日銀の破綻を示す長期金利引き上げ

「『資本論』を読む会」を主宰している仲間からの投稿を紹介します。

研究会終了後に、黒田日銀の20日の政策変更、長期金利の引き上げが論議となり、論議をもとにまとめて整理展開したものということです。

 

黒田日銀の破綻を示す長期金利引き上げ

――財政を劣化させ経済の腐朽、頽廃を招いた黒田日銀の「異次元」金融緩和

 

日銀は12月20日に事実上の長期金利の引き上げを発表した。黒田日銀総裁は、これは日銀がこれまで進めてきた金融緩和政策の「出口戦略の一歩ではない」と強調するが、これまでの金融政策とは異なる大きな転換点となる政策変更である。

 

日銀は金融緩和策として長期金利の上昇を0.25%以下に抑える政策をとってきた。だが、この政策は日米の金利差の拡大もあり大幅な円安を招き、この円安が引き金となってエネルギー高、資源高の中で物価は高騰し、家計、企業財務を直撃し、圧迫することとなった。

 

欧米の中央銀行が相次いで利上げを進めたため、日本でも長期金利が上昇していた。海外ファンドも、今春以降「日銀が金利を抑える政策はいずれ行きつまる」とみて猛烈な日本の国債売りを仕掛けてきていた。

 

「指し値オペ」による国債無制限買い入れの破綻

――金融緩和政策、事実上の国債日銀引き受けの限界が露呈

 

日銀は、海外ファンドなどの動きを阻止して、長期金利を低く抑えるため、今年の4月以降、0.25%程度を越えないよう、国債を無制限に買い入れる「指し値オペ」を異例の毎営業日に行ってきた。その結果、日銀の国債買い入れ長期金利の指標となる10年物国債の利回りだけが下がり、ほかの年度の国債に比べて極端に低下することとなった。

 

国債は発行されるといったん民間金融機関などが買い、それを日銀が市場で買い入れる仕組みだが、この国債売買がなかなか成立しなく滞る事態が生じたことが報道されていた。低金利のもとで財政規律の緩みや市場のゆがみも指摘されてきていた。

 

日銀は声明文の中で「長期金利は、企業が資金調達のために発行する社債の金利を左右する。長期金利の低下で社債のリスクが分かりづらくなるなど、企業の資金調達に悪影響が生じる懸念などが高まり修正する必要があった」との趣旨を述べている。(12/21、朝日)。日銀の政策は行き詰っていたのである。

 

今回の日銀の具体的な政策変更は、国債を無制限に買う「指し値オペ」を0.25%から0.5%に変更するというものである。迫られての、追い込まれた結果としての日銀の政策変更である。黒田は「利上げではない」と強弁するが、マスコミが「長期金利 上限0.5%に引き上げ」と報道するとおりの利上げである。

 

日銀は長期金利の上限をこれまでの「0.25%」から「0.5%」に引き上げたのである。事実、この政策発表の20日には即座に債券市場では0.25%だった長期金利が0.46%の0.5%近くまで直ちに跳ね上がった。

 

今回の政策変更は黒田日銀の「異次元」の金融緩和政策の破綻を示している。日銀が「指し値オペ」で無制限に国債を買い支えるという事実上の日銀による国債引き受けの限界は明らかなものになっている。

 

12年末には国債の日銀保有の占める割合は1割だったものが現在は5割まで増加している。民間金融機関などがまだ保有する低金利の国債の多くが、今回の長期金利の引き上げを受けて、いつ投げ売りに出されたとしても不思議ではない。低金利の国債には買い手がいなくなり、更なる国債の売り圧力が強まれば、国債は暴落し、金利は更に上昇というドロ沼に陥るのではないか。

 

資産の多くを国債が占める日銀の資産の劣化は日本銀行券である日銀発行の「円」の信用失墜にもつながりかねない。黒田の異次元の金融緩和にも見られるカネばら撒きのアベノミクスは財政を劣化させ、経済の腐朽化、頽廃をもたらし、日本の破綻を深化させてきている。

 

国家破綻を準備する「永久国債」

――そのつけは国民の犠牲に、無責任を極める萩生田、自民党議員連盟、国民民主

 

国の国債の利払い費は、低金利のもとではなんとかしのいでいけたが、今後の金利の上昇で国債の利払い費も増加する。利払い費だけ支払う「永久国債」も取りざたされている。国債は、借り替えるとしても、短期であろうと長期であろうと満期で償還期限がきたものは返さなくてはならない。そこでの償還期限のない「永久国債」である。国民民主は「永久国債」を唱え国会で質問すらしている。すでに財政は破綻しているから「永久国債」にして利払いだけで済まそうとの魂胆である。

 

だが、これまでの国債も「借り替え」で債券・債務の関係の継続が繰り返しされてきた。2020年には、借換債を合わせると250兆円を超える国債が発行されている。満期を迎えた国債の98.4%は借り換えされている。このことはこれまで発行の国債の多くは事実上の「永久国債」であったことを示している。それをより野放図に露骨に行おうというのである。結局は国債という名の借金を膨ませるだけである。

 

建設国債及び特例国債の償還については、借換債を含め、全体として60年で 償還し終えるという、いわゆる「60年償還ルール」がある。元本の返済がわずかといえ1.6%でもあるのは60年ルールのためでもある。

 

自民党の「責任ある積極財政を推進する議員連盟自民党議員連盟」(国会議員85名)はこの60年ルールの撤廃を言い、萩生田もそれを受けている。だが、今後は、この国債の利子の支払いさえ困難になるのではないか。国債利払いのための国債発行の累進的拡大という悪循環にさえいきつかねない。まさに、本末転倒の自転車操業さえも予測される。

 

こんな国債を一時的としても引き受ける民間金融機関などは今後なくなるかもしれない、ましてや「永久国債」など償還期限もなく返されるあてもないものを民間金融機関などが持つメリットはない。民間の引き受け手がなければ、戦前と同じの直接の国債の日銀引き受けしかうつ手がなくなるだろう。

 

行きつく先はハイパーインフレか、恐慌、スタグフレーション、はたまた戦争か、借金まみれの国家に未来はなく、破滅、破綻の道を歩んでいる。このことはいずれも労働者、人民、国民に塗炭の苦しみを味あわせことになる。

 

日銀の有害無益な「マイナス金利」政策、株買い「上場投資信託」(ETF)

――経済の停滞、腐朽、頽廃と格差の拡大をもたらす

 

日銀は、労働者、国民にとって無益な全くナンセンスな「2%の物価上昇の達成」を目的として掲げてきた。今、物価上昇率は3%台半ばで「物価上昇は達成」できたというのに、日銀は、賃上げを伴う物価上昇ではないと、まだ今後とも金融緩和を取り続ける姿勢を見せている。

 

日銀は2016年1月にはマイナス金利政策をとった。これは金融機関が企業への貸し出しや投資に資金を回すように促進することを名目としてきた。マイナス金利とは、民間の金融機関が日銀に預ける当座預金残高の一部にマイナス0.1%の金利が適用され、金融機関は日銀に利子を支払うというものであった。

 

このときには市場は混乱し、金利は急低下し、長期金利もマイナスになり、利ザヤを稼ぐことが難しくなった金融機関は日銀の政策の批判をすることになる。追い込まれた日銀は16年9月、下がり過ぎた長期金利を調整し操作する政策に踏み切らざるをえなかった。

 

日銀のこのマイナス金利政策などは金融機関の経営体力を奪い弱体化させてきている。日銀の政策は経済を活性化させるどころか腐朽、停滞、衰弱を招いてきた。この政策は企業、資本が競争せずとも、新たな分野への挑戦、工夫、新技術の開発をせずとも、生きながらえることを可能にした。

 

経済実態を反映しないカネ余り中での株高は一部のブルジョア層、プチブルを富ませただけであり、格差は拡大する一方である。富めるものは一層富み、貧しいものは一層の貧困におちいる。

 

株高には、日銀の幅広い株に投資する上場投資信託(ETF)も一役かっている。ETFのような、値下がりして損失を被るリスクの大きい資産を中央銀行が買い入れることは「禁じ手」とされてきた。

 

日銀が保有するETFの時価は今年3月末時点で51兆円3109億円、時価総額の7%を占める。巨大な資金力から「クジラ」とも呼ばれる年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も巨額の株を保有している。

 

このETFを日銀が処分しようすれば、株価の大幅下落につながっていく。株価が下がれば。日銀も損失をこうむり、ひいては実質的に国民負担につながる。日銀は国民にひいては犠牲をしいる政策を多々行ってきたのだ。

 

一般予算案で国債頼みの軍事費膨張      

――亡国への道へひた走り

 

世界でも最悪の借金地獄にある日本政府が第2次補正予算で23兆円に近い国債増発を伴う総合経済対策が立てられるのも、「防衛力の抜本的強化」のため防衛費を5年間で43兆円増額しようとするのも、日銀という「打ち出の小づち」があってこそのことである。

 

黒田日銀の低金利の政策は、国債の利払い費を少なくして、政府の巨額の財政赤字を支えるための政策だったともいえる。だが、当初は「黒田バズーカ砲」ともてはやされた日銀の政策の限界が今日ではより露わとなっている。

 

こうした状況のもとで、またもや、国債を財源の多くのあてにした過去最大の巨額の114兆円の一般予算案が閣議決定された。特に「防衛費」、軍事費の財源は「『実質的に赤字国債と変わらない』(政府関係者)……戦前に軍事費をまかなうために戦時国債の発行を続け、敗戦時に超インフレを招いて、国債が紙切れ同然となった歴史を踏まえ、戦後は認めてこなかったものだ」(12/24、朝日)というものである。国債頼みの巨額予算を組みながらも岸田らには危機意識のひとかけらもない。まさに亡国への道である。

 

ウルトラ右派反動派の月刊誌「Will」2月号で安倍派御用達のブルジョア経済学者高橋洋一は「増税? 防衛国債をなぜ出さない!」のタイトルでの対談を行っている。1,000兆円を超える国債借金で首が回らないというのに、自民党、右派反動派、支配者達はいつかきた奈落の道を再び歩もうとしている。

(M)

これこそ正に「表現の不自由展」――会場使用許可取り消し

エル大阪で行われる予定だった「表現の不自由展」の会場使用許可が取り消されたことについて、「よく考え、行動していこう」という呼びかけがありましたので紹介します。

 

 

これこそ正に「表現の不自由展」

――「表現の不自由展」の会場使用許可取り消し

 

 

問題は、エル大阪で行われる予定だった「表現の不自由展」の会場使用許可が取り消されたことである。吉村府知事は「取り消しに賛成だ」と述べている。名古屋でも同様の事例が起きていたし、東京でも開催が延期に追い込まれている。

 

何とも胸の痛くなる事案で、今の日本社会の存在を如実に実感させられ、何をどうすればいいのかが問われている。

 

問題になっているのは「天皇に対する冒瀆」や「従軍慰安婦」などである。さらには「原発事故」も話題に上っているが、天皇の戦争責任などを考えるなら、いずれも先の戦争に日本が参戦し、敗北したことと関連し、更には、電力資本の不備によって、多くの人が移住せざるを得なくされたことと関連している。

 

それにしても、かつてなら、こうした問題はそれほど深刻化しただろうか。確かに、長崎の市長が「天皇には戦争責任がある」と発言し、右翼が襲った事例がある。しかし、他方では、河野談話や、村山総理の振る舞いなど、むしろ「過去の誤りを認める」という姿勢があった。天皇自ら、自己反省していた位であった。

 

考えられる客観的な問題は、今、現在の日本社会が陥っている深刻な資本主義の矛盾である。コロナ禍をキッカケにして広がっている格差拡大、そこに見られる労資の対立が深刻化しているのである。実際に展示に反対している人の意見を聞くと、展示の内容は「日本人」として許せないと云った声がある。それ程、何かに縋(スガ)りつきたい気分を醸成する程、階級対立は深刻化していると言わざるを得ない。

 

自らが生まれ育った「日本」に愛着を抱き、それを傷つけるかの展示物に反発心を抱くのは自然な感情ではあるが、しかし冷静に考えるべきは、その人は日本の何に愛着を抱いているのか?である。一から十まですべてにわたって、日本を無批判に肯定しているのか、という問題がある。

 

例えば、山口県生まれで22歳まで山口育ちの者にとって、吉田松陰は我が誇りであり、それを傷つけるかの言動には「腹が立つ」とは、よく言われる話である。しかし、いくら松下村塾が明治維新の立役者であったとしても、明治維新は(依然として、封建的な土地所有を伴った)ブルジョア革命以上ではなく、社会主義革命ではなかった。したがって、現在から見れば、あれこれと「難癖」を付ける人がおり、それが気になるとしても、それはそれと認めざるを得ない。

 

もし、その難癖にいたたまれないとするなら、歴史を前向きに考え、未来社会を変革していく必要があるのではないか。そして国際紛争が、戦争に発展する事態や、儲けだけの為に電力炉利用する資本の支配を克服していくことが必要である。

 

今の日本は、未だ、ブルジョア社会を克服できてはいない。戦前も、戦後も、資本の支配の下で歴史を歩んできたのであって、それに伴ういろいろな矛盾は避けられなかったのである。問題は戦争責任だけに止まらないで、公害・バブル経済など、挙げればきりがない。そうした問題は問題として、見つめ考えて行くことが必要である。

 

確かに「嫌なものは見たくない」と言う気持ちはある。しかし、コロナ禍の経験は、そんな子供っぽいことに対する反省を、逆に教えてくれたのではないか。同じ日本人だとしても、その日本が抱える問題は問題として認めた上で、冷静に考えるべきではないのか。

 

税金の使い道についても批判は出ているが、公金を担う政治にあれこれ意見するのは大賛成だ。しかし政治は一筋縄ではいかないのであって、意見の相違はつきものである。違った人の意見は聞かないと言うのでは、独裁に陥ってしまうのではないか。

 

それとも今の日本社会は、独裁体制を引かざるを得ないほど、深刻な危機に直面していることを、この事案は示しているのだろうか。いずれにせよ、今回の事案こそ、表現の不自由展を、身を以て体現する、日本の歴史的事案と言えないか。

 

十分観察し、よく考え、行動していこう。 (大阪 Sg)

負けるな、日本の労働者!——「人を物扱い」する差別の構造

定年間近に退職された大阪の杉さんから、「差別」について考えさせる投稿がありましたので、紹介します。

 

負けるな、日本の労働者!

「人を物扱い」する差別の構造

 

最近、話題の大坂なおみについて、924日の「毎日新聞」夕刊に記事が載っていた。「黒人運動」「なぜ日本で批判」と題するもので、「黒人の命は大事だ」というBLMに対し「支持を表明した」「大坂選手にも(批判の)矛先」が向いているという。そして「差別構造に理解が無い」、そこに日本の問題があるとしている。

 

記事を読むと、しかし、BLMに対するアメリカ国民の支持率も複雑な様子を示している。6月上旬には53%まで支持率が上昇したが、その後、911日には49%に低下したという。対する反対は、同じ時期に28%から38%に伸びている。BLMに対する反対が目立つのは、65歳以上の男性、共和党支持者、そして白人だと言い、他方、18から34歳の若者、大学院卒業生、民主党支持者、そして黒人のあいだでは、支持者が多いという。こうしたことを読んで考えるなら、いわゆる差別は日本だけの問題ではないことが伺われる。

 

大坂なおみのツイッターが掲載されている。見ると、彼女の問題意識が伺える。英文であるが、「私はトレイボン(2013年に自警団員に射殺された黒人高校生)の死をはっきりと覚えている。子供の頃であったが、怯えを感じた。彼の死が最初ではないことは知っていたが、私にとっては、何が行われているか、ということに目を開かされた。未だに同じことが、次から次へと行われていることは悲しい。問題は変えなければならない」というのが、彼女のメッセージである。これを読むと共感を覚える。

 

新聞では「差別構造への理解」が課題であるかに言われている。しかし、実際には支配と奴隷の関係が未だに続いているのではなかろうか。と言っても、黒人奴隷は制度的には解消されているし、法の下での平等や、貴族の廃止が戦後の日本の憲法では謳われている。しかし生産現場においては、依然として、賃労働と資本という関係が継続しているし、そしてさらに、支配する資本と、奴隷的地位に甘んじざるを得ない賃金労働者との関係こそ、現代社会を歴史的に特徴づける人間の関係と言えるからである。経済的な困難が深刻化するのに従って、「資本論」に対する需要が増している。人々の憤懣やるかたない憤りは、政治のあちこちで日々噴出していないだろうか。

 

昨年、退職した身として、実際、生産現場での経験を思い出すなら、最も深刻だった問題は、支配者面をした管理者から、奴隷のごとき扱いを受けたことである。仕事は郵便局での配達で、実際に約35年間それに従事していた。その賃金契約において、搾取されているとか、やたらに仕事量が多いとか、当局は人を物扱いし、むしろ物を人扱いするような管理が横行していた。ただし、個人的には「資本論」を読んで理解しようとしていたこともあって、こうした労使関係に対する覚悟は出来ていた。

 

定年まであと少しという時になって、或る事件が発生した。何処の誰かは忘れたが、郵便物が紛失し、それを紛失した人の責任追及が始まっただけではなかった。紛失や盗難を防ぐという謳い文句の下に、やたらに厳しい監視が始まった。それに目を付けられたのか、やるべきことをやっていないとして、バイクではなく、自転車で行くよう強制された。昔は、全員が自転車配達であったが、配達物数が増えたので、バイクに切り替わった経緯があったので、再び自転車配達をすることには何の問題もなかった。しかし、それを「強制された」ことは酷い「見せしめ」であり「罪人である」かに思うことを強いられた。他の会社では、「窓際族」と言って、定年間際の労働者に嫌がらせをして、早期退職を強いる話があるが、それを体験したと言って好い。

 

諺に「災い転じて福となす」と言う。こうした支配と奴隷とも言うべき関係について、ヘーゲルの「精神現象学」を読んで、人間の「承認をめぐる生死を賭けた争い」があることに気づいた。そして、管理サイドが何を求めているかが分かった。彼らは自らを支配者として認めてほしいのであり、いい加減な扱いはしないでほしいのである。そういう願いが分かったという次第で、その意味では、実際の労働に携わりながら、資本の問題を考え、理解する機会を得た。

 

実際の労働現場においてこそ、人と物との違いを付けることが求められていると観念する。未だそんな分別が社会的には付けられていないのであるが、そこには、生産手段に対する私的な所有制度が、支配していることが暴露されている。そしてこの私的所有制度こそ、生産現場における支配と隷属と言うべき労資関係を維持させている。

 

頑張るのは、大坂なおみだけに任せては置けない。日本の自覚的な労働者こそ、世界に先駆け資本との闘いに奮起すべき時である。
 (テニス歴20年の大阪・杉)

★ 自民党と反動の改憲策動、軍国主義路線を断固粉砕しよう!
★「搾取の廃絶」と「労働の解
  放」の旗を高く掲げよう!
★労働者の闘いを発展させ、
  労働者の代表を国会へ!
カテゴリー
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ