労働の解放をめざす労働者党ブログ

2017年4月結成された『労働の解放をめざす労働者党』のブログです。

投稿

命を削る産廃処理の現場から全ての労働者に訴える

兵庫の労働者からの投稿を紹介します。

 

命を削る産廃処理の現場から

 全ての労働者に訴える

 

私は産業廃棄物の中間処理工場で働いている。産業廃棄物とは事業活動に伴って排出される廃棄物のことで、その種類は20品目ある。中間処理とは、これらを最終処分するために、分別や破砕、脱水などの処理を行う工程である。

 

私の勤務先には4つの処理工場があり、私はその中で最も規模の大きい第一工場に配属されている。第一工場には正社員の作業員が20人ほど在籍しているが、それだけでは人手が足りず、多くの派遣作業員が働いている。日本人もいるが、その大半はベトナム人である。近くにある専門学校が外国人留学生を多数受け入れており、その学生たちが働きに来ている。

 

労働環境は非常に厳しい。「3K(きつい、汚い、危険)」という言葉があるが、私の職場はそれに「帰れない」「厳しい」「給料が安い」を加えた「6K」と言っても過言ではない。扱うものの性質上やむを得ない面もあるが、廃棄物の中にはガラス片や釘、リチウムイオン電池など危険物が数多く混入しており、作業中は常に危険と隣り合わせである。実際にけがをする人も少なくない。

 

作業場は屋外にあり、夏は酷暑、冬は厳寒にさらされる。屋根は設置されているものの、直射日光を多少遮る程度で十分な効果はない。そのため、数年に一度は熱中症で倒れる人が出る。また、搬入車両のトラックや場内を走るフォークリフトの騒音が絶えず、大声でなければ会話もままならない。

 

労働時間も長い。本来は午前7時から午後4時までの勤務だが、毎日1時間の残業が事実上常態化しており、通常でも午後5時まで働くことになる。さらに、終了間際に廃棄物を持ち込む客も多く、その対応のため退勤時間がさらに遅くなることも珍しくない。

 

これで賃金が十分であればまだ救いがあるが、決して高いとは言えない。私の場合、月収は17万円程度である。独身者や実家暮らしであれば何とか生活できても、家族を養うには厳しい水準だ。そのため、多くの作業員が残業代を生活費の一部として当てにせざるを得ない状況にある。

 

こんな状況に対して、経営陣は「良い会社をつくります」「安全職場」「健康経営」といったスローガンを繰り返し掲げている。しかし、それに伴って実施される施策は、小手先のものばかりである。

 

例えば、会社では毎月1回「安全衛生会議」が開かれている。会社内で発生した事故やヒヤリ・ハット事例を共有し、再発防止策を検討するための会議である。しかし、そこでの議論は最終的に「作業員の意識が低い」「注意不足だった」という結論に落ち着くことが少なくない。危険な作業環境や長時間労働といった構造的な問題にはほとんど踏み込まれず、責任が現場の作業員個人に帰されてしまうのである。

 

また、経営陣は社内行事に対して非常に熱心である。毎年の社員旅行をはじめ、7月には市内施設を借り切って縁日・ビンゴ大会を開催し、そのほかにも忘年会や花火大会、さらには「木鶏会」(過去記事参照)まで実施している。経営陣はこれらを「良い会社づくり」の一環と説明しているが、社内では「そんなことをする余裕があるなら給料を上げてほしい」「安全設備にもっと投資してほしい」ともっぱら不評である。

 

以上が私の勤務する会社の実情である。しかし、このような状況は決して一企業だけの問題ではないだろう。むしろ、多くの産業廃棄物処理会社に共通する問題ではないかと思われる。私の勤務先は県内でも最大規模の事業者であるが、それでもなお厳しい労働環境や低賃金に苦しんでいる。他社では、さらに深刻な状況に置かれている労働者も少なくないだろう。

 

産業廃棄物処理は、社会の維持に不可欠な仕事である。しかし、その現場を支える労働者は危険な作業と低賃金を強いられ、その犠牲の上に企業の利益が成り立っている。

 

このような現状を変えるためには、産業廃棄物処理に従事する労働者が団結して資本と闘うよりほかない。私もまた一介の産業廃棄物処理労働者としてその最前線に立って闘いたいと思っている。非常に困難な闘いになるかもしれないが、マルクス主義を根本に据えて団結して闘えば、小は必ず大となり勝利は我々のものである。

 

1917年のロシアでは第一次世界大戦終結を求めて女性労働者が行ったデモがストライキに発展し帝国崩壊へと繋がった。

 

現代の日本においては我々産業廃棄物処理労働者がその役割を担えるし、また担わないといけない! エンゲルスは『空想から科学へ』の中で「資本家は、収入をまきあげること、利札を切ること、取引所で投機をやり、資本家同士たがいに、資本を奪い合うこと以外に、何らの社会的仕事をしないのである」(岩波文庫82)と述べた。

 

その通りだ!資本家がいなくても社会は成り立つが、我々労働者がいなければ社会は成り立たないのだ! まして我々産業廃棄物処理労働者が反乱を起こしたら、またたくまに社会は機能不全に陥る。日本中にはゴミが溢れ、人が住める場所はなくなる。日本全土がかつての「夢の島」のようになるのだ!

 

全産業廃棄物処理労働者!我々がいるからこそ社会が成り立つのだということを資本家にはっきり知らしめようないか!そして「我々は本当に怒ってるんだぞ!」ということを資本家にはっきりと示そうではないか!

 

すべての産業廃棄物処理労働者に呼びかけます!

マルクス主義を学び、行動しよう!

資本家=自民党を倒そう!

真の労働者政党(労働の解放をめざす労働者党)の旗の下に結集しよう!

全産廃処理労働者は力強く団結し、共産主義社会をめざして立ちあがろう!

一緒に頑張ろう!

我々は勝つ!  (H)

 

レーニンの論文に学ぶ『カール・マルクスの学説の歴史的運命』

兵庫県西部で活動する労働者からの投稿を紹介します。

 

労働者に進むべき道を示す羅針盤

――レーニンの論文に学ぶ

 

過日、レーニン著『カール・マルクスの学説の歴史的運命』を再読した。同論文は簡潔な小品ながら、現代の我々に対して勇気と励ましを与える類稀なる論考であり、ここに改めて紹介したい。

 

本稿は、マルクス没後30周年を記念し、191331日付の『プラウダ』紙に掲載されたものである。レーニンは冒頭において「マルクスの学説の主要な点は、社会主義社会の創造者であるプロレタリアートの世界史的役割を解明したことにある」(レーニン『マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分 カール・マルクス ほか』新日本出版社、199頁)とした上で、その後の「全世界の諸事件の経過」(同)がマルクスの学説をいかに確証したかという問いを立て、歴史を三つの時期に区分して考察している。

 

すなわち、第一期は1848年の革命から1871年のパリ・コミューンまで、第二期はパリ・コミューンから1905年のロシア革命まで、第三期は1905年以降の時代である。

 

第一の時期について、当初マルクスの学説は支配的な地位にはなく、「ひじょうにたくさんあった社会主義の諸分派または諸流派の1つ」(200頁)に過ぎなかった。当時は「ナロードニキ主義」(注)に似通った形態の社会主義が支配的だったが、1848年の革命によりマルクス以前の社会主義は打撃を受け、1871年のパリ・コミューンを画期としてそれらは最終的に死滅した。その結果、この時期の終焉とともに「自主的なプロレタリアの諸政党」(201頁)の誕生を見るに至ったのである。

 

(注)ナロードニキ主義とは、19世紀後半にロシアで活動した「ナロードニキ」(人民主義者)の主張のことある。彼らは、ロシアには「ミール」という「社会主義的要素」を持った農村共同体があるから、資本主義を避けつつ直接に社会主義に到達できると考えた。彼らは、ロシアの封建制社会に資本主義的工業が誕生していたことを知っていたが、資本主義的生産の歴史的役割を見ることができずに、「農村家内工業」(クスターリ)を「人民的生産」と呼んで賛美した。したがって、「ナロードニキ」たちは、資本主義社会に移行して後に無産の労働者階級が誕生すること、この労働者階級によって初めて、搾取の無い高度な共同体社会(共産主義社会)をかちとることができることを理解しなかった。

マルクスの時代にも、こうした「ナロードニキ主義」に似通った社会主義思想が多かったのである。

 

第二の時期は、社会主義政党が成立・拡大し、「マルクスの学説は完全な勝利をおさめ(た)」(202頁)時代である。マルクス主義は名実ともに普及したが、レーニンはここで「マルクス主義が理論的に勝利すると、その敵はマルクス主義者に変装せずにおれなくなるものである」(同)と指摘し、「内部的に腐ってしまった自由主義」が「社会主義的な日和見主義のかたちで生きかえろうと」(同)したことを指摘した。

 

これらマルクス主義を偽装する勢力は、「臆病にも『社会平和』(すなわち奴隷所有者との平和)や階級闘争の否認、等々を説教」(203頁)したのである。レーニンが「社会主義的な国会議員や、労働運動のさまざまな役員や、インテリゲンツィアの『同情者』たちのなかには、彼らの支持者がひじょうにおおい」(同)と叙述した当時の状況は、1913年の執筆から1世紀以上を経た2026年現在の日本における社民党、共産党、それらに従属する組合官僚や野党共闘を盲信する知識人(大学教授等)、市民派に酷似しており、驚嘆を禁じ得ない。

 

第三の時期については、ロシア革命につづいて、トルコ、イラン、中国へと革命の火の手が波及した。レーニンは「われわれはいまちょうどこれらの嵐の時代、そしてそれがヨーロッパに『はねかえって反射する』時代に生きている」(同)とし、「アジアにつづいてヨーロッパも動きはじめた」(204-205頁)と欧州労働者の闘争の例を列挙。

 

総括として、それまでの歴史によってマルクス主義の正しさが確認されたと強調し、「きたるべき歴史的時代は、プロレタリアートの学説としてのマルクス主義にいっそう大きい勝利をもたらすであろう」(205頁)という大局的な展望を提示して結んでいる。

 

いかがだろうか。

引用が多くなったが、これが『カール・マルクスの学説の歴史的運命』の要旨である。レーニンは以上のように時代を3つに分け、緻密な考察を行い、マルクス主義の歴史的な正しさを我々に噛んで含めるように教えている。我々はこのような古典的論考を繙くことで、マルクス主義の歴史的正当性を改めて確信することができるのである。

 

困難な時代にあって、マルクス主義を学び、実践せんとする労働者にとって、本書は力強い鼓舞となり、またマルクス主義を知らない労働者や社民党、共産党、市民派に騙されている労働者にとっては進むべき道を示す羅針盤となるだろう。全ての労働者・学生に、この不朽の名著を精読することを切に推奨する。

 (レーニンの「カール・マルクスの学説の歴史的運命」は、『レーニン10巻選集』第5巻や岩波文庫「カール・マルクス/レーニン」に収録されています。)

大月書店版の
『レーニン10巻選集』第5巻はインターネットで検索するとPDF版が閲覧できます。

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図書館にも見当たらないことが多く、現物は入手困難ですので、インターネットは便利です。
そこで、この選集の宣伝を兼ねて
『カール・マルクスの学説の歴史的運命』部分をご覧頂きましょう。

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マルクス主義を学ぼう!

『資本論』の学習会に参加して、マルクス主義の学習を始めた労働者からの投稿を紹介します。(担当)

 

マルクス主義を学ぼう!

科学的に、歴史や経済や政治を見る目を養おう

 

私は関西の中小企業で働く会社員です。物価は上がるのに給料は伸びず、長時間働いても将来が見えない、そんな不安や息苦しさを感じながら日々を過ごしています。努力しても報われない現実に、怒りや疑問を抱くことも少なくありません。

 

そんな中で支えになっているのが、マルクスやエンゲルス、レーニンの著作です。マルクスやレーニンというと「悪い人」と思っている人もいるかもしれませんが、彼らは、なぜ私たちが苦しいのかを「自己責任」ではなく「社会の仕組み」として説明してくれています。それを知ることで、ただの不満だったものが、考える力や行動する意欲に変わっていくのを感じました。

 

もし今、生活に押しつぶされそうな人や、将来に希望を持てずにいる人、社会や政治に怒りを感じている人がいたら、一度こうした本に触れてみてほしいと思います。すぐに何かが変わるわけではありませんが、「なぜこうなのか」を知るだけでも、見え方は少し変わります。

 

マルクス主義の文献を手に取り、ともに学び、考え、語り合いませんか。そして、この理不尽さに声を上げ、新しい社会を目指して、労働者党と共に一歩ずつ行動していきませんか。労働者党は、『資本論』をはじめマルクス主義の基本文献をテキストにして、全国で学習会を組織しているとのことです(連絡先は、労働者党のHPに掲載されています)。私も共に学んでいこうと思っています。

(労働者H)

 

『致知』読者会を強制する企業や学校法人

労働者党の闘いにシンパシーを寄せる労働者からの<投稿>を紹介します。(担当)

 

『致知』読者会を強制する企業や学校法人

――労働者や学生を国家主義に染め上げる策動に反対する

 

『致知(ちち)』という月刊誌がある。副題は「人間学を学ぶ月刊誌」。定期購読者は約11万人で、松岡修造や王貞治などの著名人も購読者だという。ただし書店では販売されておらず、出版社への直接申し込みによる定期購読のみのため、一般にはほとんど知られていない。

 

この『致知』を教材にした「木鶏会(もっけいかい)」と呼ばれる読書会がある。参加者は事前に誌面を読み、当日は少人数で感想を述べ合い、互いを褒め合う。否定や批判は禁止。現在、1300社以上の企業、約100校の中学・高校・大学の運動部で導入されているという。

 

私の勤務先でも木鶏会が行われている。形式上は自由参加だが、社長の発案で始まり、会社が全社員分を購読している以上、実質的には強制である。しかも就業時間中に実施されるので業務が中断するという点で非常に迷惑である。

 

だが、より問題なのはその内容だ。『致知』には、スポーツ選手や芸能人、作家、経営者、学者らの対談や自らの人生観、体験を語る記事が並ぶ。一見すると普通の人物誌、啓発誌のようだが、実際には右翼的・反動的・国家主義的な主張が色濃く貫かれている。

 

たとえば20262月号では、右翼政治学者中西輝政らによる対談「明治を創ったリーダーたち」が巻頭を飾る。明治天皇らを称揚しつつ、「GHQのとんでもない指令」「嘘八百の歴史観」「共産思想」によって「自国に誇りのかけらすら持てない現在の体たらく」(18頁)に陥ったと嘆き、現政権を「大きな希望」(19頁)として持ち上げている。

 

同号の連載「意見判断」では、右翼ジャーナリスト西村幸祐が寄稿し、米大統領選不正説やコロナの中国流出陰謀論を展開。さらにスパイ防止法や大軍拡を絶賛し、「高市早苗政権を国民が一致団結して支えることこそが、日本の明るい未来を拓く道」(122頁)と訴えている。

 

20263月号でも中西は高市の対中戦争発言を肯定し、改憲を主張する。更には「自由電子レーザー砲を配備した“強い日本”が世界を平和に導く」という荒唐無稽、自意識過剰な記事まで掲載されている。

 

資本家がこのような雑誌を推奨し、労働者や学生に強制的に読ませている事は示唆的だ。そこには日中帝国主義の対立激化を背景とした露骨な政治的・思想的誘導がある。『致知』は労働者と学生に右翼思想を刷り込み、戦争へと動員するための装置にほかならない。

 

すべての労働者と学生は、『致知』を用いた右翼思想プロパガンダに断固反対し、これを粉砕しなければならない! それと同時に中国の労働者階級と連帯し、帝国主義戦争へ突き進む自国帝国主義――日本帝国主義はもちろんであるが、中国もまた帝国主義大国として登場し、ベトナムやフィリピンに囲まれた南沙諸島海域を自国の固有な領域・海域と呼び軍事力で分割支配している――を共に打倒し、それによって帝国主義戦争を阻止しなければならない。

 

帝国主義は資本主義が発展し独占資本段階に達し、国内の市場だけでなく海外の市場でも資本を投下し、海外の労働者からも労働を搾取する段階を指す。この段階になれば、海外の資本権益を軍事力で守ることが必然になる。例えば、1930年頃の日本資本主義は既に帝国主義段階に達し、露骨な軍事的進行と植民地支配を企てた。そして、それを貫徹するために天皇制を利用した軍国主義体制を築いた。

 

従って、戦前の日本は、アジアにおける欧米の帝国主義的支配に反対しながらも、日本がアジアの盟主となるために、中国や東南アジア諸国に軍事侵略し(植民地支配を形成)、様々な工業・商業・金融機関の資本を投下したことが知られている。

 

右翼政治学者の中西輝政らは、こうした戦前の天皇制軍国主義を美化し、高市にその再来を期待する。それは、日本資本主義が再び帝国主義に成り上がっていることを自ら白状するものだ。

 

帝国主義国家は、常に戦争を引き起こす(米国がその典型であり、現在のイラン攻撃のみならず、ベトナム戦争やイラク戦争やアフガン戦争など、多数行われた)。日中両国の帝国主義的対立が激化するなら、やはり、アジアの覇権を巡って戦争が勃発する。

 

従って、帝国主義戦争を真に阻止するためには、「反戦」を掲げるだけでなく、戦争の原因を作る資本主義世界の解放(=労働の解放)を目指して闘うことである。つまり、本質的には、プロレタリア社会主義革命の成功によって帝国主義を撲滅することができるのだ。共に闘おう! (労働者H)

マルクスは「オリエンタリスト(西欧中心主義者)だったのかⅦ

労働者党党友から「マルクスは『オリエンタリスト(西欧中心主義者)』だったのか」という「斎藤幸平批判」の投稿がありました。労働者党の理論誌『プロメテウス』63号で「斎藤幸平“理論”を撃つ」の特集をしましたが、投稿は意義ある内容ですので紹介します。(担当)(改行、頁分けは担当が編集)


マルクスは「オリエンタリスト(西欧中心主義者)だったのかⅦ

―― 1868年頃を境にマルクスを前期と後期とに「切断」した斎藤幸平

                                                                宮 本 博

 

おわりに

 アメリカ第一主義を唱え「Make America Great Again」を標榜するトランプがアメリカ大統領になったことによって、世界がますます欧米や日本などの帝国主義諸国、偉大な中華民族の復興を目指す習近平の中国、新ユーラシア主義を唱えるプーチンのロシア、そしてインドやブラジルなどのグローバルサウス諸国、これら各々のブルジョア国家がお互いに覇を競い自らの国益(ナショナル・インタレスト)をめぐって「合従連衡」しながらも激しく角逐する新たな時代に入ったと言っていいだろう。

 

こうしたなかにあってそれぞれの国内では、国民のあいだに経済的な格差が拡がり同じ国民なのかと思えるほどの埋めようのない分断が急速に進んでいる。そして既成秩序に見捨てられていると不満を抱く人々の心情に寄り添う振りをしながら彼らを取り込もうとする右翼的なポピュリストたちが跳梁跋扈している(日本でも、天皇中心の国体思想を理念にする参政党や日本保守党が国会の議席を持つようになっている)。

 

日本帝国主義も世界中(とりわけ、東南アジア)にある権益を守り、他の国家との競争戦に勝ち抜きさらなる拡大を図るために制定された‘2212月の「反撃能力(敵基地攻撃能力)」などを明文化した「安保三文書」――熾烈な戦いの死命を制するのは人類史が示す通り、結局のところ、軍事力なのである──閣議決定以来、中国・北朝鮮を仮想敵国とした沖縄西南諸島などへの自衛隊の常駐、ミサイル配備、防衛費のさらなる増額、等々が進んでいる。

 

 こうした状況にあって、そもそも革命派であるべきマルクス主義者を自認している人々の大多数は、マルクス本来の革命思想を骨抜きにして日本の帝国主義国家やブルジョアジーにとってまったく危険のない無害なマルクス思想を振りまいている。マルクスを前期と後期とに「切断」し、マルクスはエコロジストに仕立て上げた斎藤幸平氏もその代表的な一人である。最近一見左翼風の書籍などに「『人新世の資本論』の著者斎藤幸平氏推薦」という帯紙があるのをよく目にする。彼のマルクス思想解釈が斬新なマルクス思想の提示者として何の問題も抵抗なくブルジョア論壇に受け入れられたことの証である。

 

「(労働の解放をめざす)労働者党」の闘いはいまだに日本の労働者階級の深部にまで届いていない。かつて1905年ロシア革命が頓挫した時点でレーニンは自分が生きている間には革命はロシアに起きないだろうと亡命していたスイスで思っていたそうだ――ボルシェビキの党としての闘いはロシア国内で続けていた――が19172月突然、まさに突然ロマノフ王朝打倒の革命が起こり臨時革命政府が樹立された。急遽封印列車でロシアに戻ったレーニンは当時極少数だったボルシェビキを率い、臨時革命政府と労農兵士ソビエトとの二重権力状態だったロシアで「全権力をソビエトへ!」というスローガンを掲げ行動することによって労働者・農民・兵士の間で多数派になって10月ロシア革命を成功させた。

 

私は、数年前に後期高齢者になったが依然として「身体が資本」の力仕事に汗を流すの農業に携わっており、体力的な衰えを理由に現在は党を離れてシンパの一員(少額ながらカンパをする党友)として労働者党の活動を支援している。しかし、心はいつも労働者党の皆さんと共にあると思っている。世界最強の帝国主義国家の一つであるこの日本においても今後将来、いつ何時何が起こるか分からない、いつか分からないその日のための準備を常にしていくこと、賃金奴隷制の廃絶という労働の解放をめざす闘いを「 倦まず弛まず」やり抜き、マルクス・レーニン主義に基づいた国際主義的な革命党としての闘いが次の世代に何としても受け継がれていくようにしなければならない、そのためにささやかなりとも手助けしたいと私は思っている。


(党友からの投稿)マルクスは「オリエンタリスト(西欧中心主義者)」だったのか

                  

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