「パートタイム・有期雇用労働法」の意義と限界
――労働者の差別・選別こそ資本の本性
★労働者保護と労働法制
2千万人にも急増した非正規労働者や女性労働者を苦しめる差別労働の即時一掃は、働く者共通の切実な要求である。コロナ禍で注目されなかったが、「パートタイム・有期雇用労働法」がこの4月に施行された(300人以下の中小企業は来年から)。「正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差が禁止される法律」とされており、看板通りであれば大きな前進だ。
30年前、非正規労働者は雇用労働者の20%でおおよそ1千万人であったが、今や40%、2165万人(19年)と2倍にも増えている。安倍は「多様な働き方のニーズがある」などと、労働者の側のニーズで増えたかに語ったが、言うまでもなく安上がりで雇用調整に便利な(つまり首切り自由)労働市場の形成を求めてきた資本の要請に、労基法改悪や労働者派遣法の制定などで応えてきた結果であった。
労働法制は、賃金奴隷として不安定で圧倒的に弱い立場にある労働者の保護と、賃金や諸手当・福利厚生などを利潤を圧迫する費用としか見ない資本の論理とのせめぎ合いの中で変遷してきた。労働基準法は、労働者保護の基本法として憲法と一体のものとして制定され、その後、労災補償保険法や最低賃金法も制定されたが、市場原理と規制緩和こそが資本の繁栄の基礎であるとされた1980年代の中曽根、竹下政権の下では変形労働時間制導入など労基法改悪が強行された。非正規労働者の増加でワーキングプアが流行語にもなった10年前には労働者派遣法改正で日雇い派遣が禁止され、民主党政権下で、長年議論されてきた労働契約法が成立するなどしてきた。
労働契約法20条では「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」を定めていたが、「何をもって不合理とするか」の明文規定はなく、おまけに民法と同様に罰則規定も労基署の指導監督権もなく、裁判で争うしかなかった。罰則の無い、いわば「要請」に過ぎない労働契約法の無力さを象徴する事件が昨年2月起きた。労働契約法では、雇用契約を繰り返し契約期間が5年を超えると無期労働契約への転換を求めることができる、いわゆる「5年ルール」が規定されているが、経団連会長・中西宏明が会長を務める日立製作所で、無期雇用を求めた女性を解雇したのである。日立は、「5年ルール」は無期雇用を求めることができるだけで、雇用側の義務とはなっていないし、事業の縮小と配置転換先がないのだから解雇に合理的理由があるというのである。安倍の応援団長企業の遵法精神の欠如と、資本のエゴイズムを物語って余りある。
★労働契約法と同じ罰則規定欠く新法
そこで、今回の「パートタイム・有期雇用労働法」であるが、「不合理な待遇差の禁止」と「待遇差に対する説明義務」を企業側に求めているが、「何をもって不合理とするか」については、厚労省の告示で示された「同一労働同一賃金ガイドライン」しかなく、労働契約法と同様に罰則も強制力もない。かろうじて、労基署や労働委員会の行政権が及ぶことになったが、多くの労働争議が司法(裁判)に持ち込まれるように、そこでの判断によってしか強制力はなく、現状での労働者保護は、判例を積み重ねることでしか実現しないのである。
それでも、「パートタイム・有期雇用労働法」の施行によって、多くの企業で諸手当や福利厚生で、待遇差を“縮める”動きがあった。これまで全くなかった退職金も義務化されるなど適用範囲は広く、非正規労働者の待遇は改善されていく方向にはあると言えるだろう。
日本郵政では、42万人の社員のほぼ半分、20万人が非正規労働者(ゆうメイト)として働くが、正規だけの年末年始勤務手当の年末を廃止して、年始を非正規に支給したり、正規の住居手当を10年かけて段階的廃止して非正規に支給するなど、一連の「見直し」の基調は、正規から平均30万円を削り、非正規に振り向けるといったものである。
つまり総人件費の増加を抑えて待遇差を“縮める”というもので、JP労組内にはこの「見直し」への不満があった。組合にとって既得権の侵害は大問題だが、同じ職場の労働者を正規と非正規の差別待遇で正規を取り込み、非正規を使い捨てにするのは資本の常套手段だ。既得権擁護よりも差別された弱い立場の非正規の待遇改善を優先することで、同じ労働者として共通の利益のために経営側と対峙する道を進むべきだろう。
日本郵政で働く非正規労働者は、日本郵政に直接雇用されているが、派遣労働者(約180万人)の場合はどうであろうか。「パートタイム・有期雇用労働法」と同時に「労働者派遣法」も改正され、派遣先の企業の正社員との均等・均衡待遇が求められ、同じく4月施行となった。賃金や退職金、諸手当、福利厚生で派遣先の正規労働者と同一待遇が基本だが、派遣先が変わることもある派遣労働者の同一待遇のやり方は一律に規定できず、例えば退職金は派遣時給に退職金相当の6%分を上乗せするといったことや、派遣元と派遣労働者の過半数で組織する労組との協定で決めることを、「ガイドライン」で示している。
★「差別労働一掃」の闘いは「搾取の廃絶」の闘いとともに
差別労働の一掃の課題にとって、共産党のように「非正規労働者を正規労働者に」すれば解決するといったことを掲げるのは、まったくの幻想にすぎない。正規労働者が非正規労働者より待遇が良い“身分”を与えられることで、しばしば資本に取り込まれ保守化し、労働組合さえ牛耳って労資協調を推進して、過酷な資本の搾取の先兵となっていることを知らないかである。正規労働者であっても、女性は出産育児を理由に劣った労働力とみなされ、男性も学歴差はもちろん、転勤の可否、組合活動や思想などあらゆる理由で差別されているのだ。
労働者の地位は、資本の支配によって根本的に規定されているのであって、本質的に賃金奴隷である。賃金制度と賃労働は、労働市場における労働者相互の競争に基づいて成立している。だからこそ資本は、過酷な労働にも耐える健康で優秀、従順な労働力をこそ求め、あらゆる属性で労働を差別、選別して競争させているのだ。「非正規労働者を正規労働者に」は、せいぜい平等な搾取を要求するものに過ぎず、資本の本性と資本の本性を限りなく過小評価し、資本との共存共栄を夢想する、最悪の労資協調主義である。差別労働の一掃の課題は、搾取の廃絶の課題の中でしか実現しないのであって、そのためには広範な労働者の階級的な意識の発展のために奮闘すべきである。
《坂井》