帝国主義の存在から目そらした空論
─豊氷郁子のウクライナ停戦論
ロシアのウクライナ侵略戦争は早くも半年が過ぎた。一気に小国ウクライナを併合できるとプーチンの予想はウクライナ人民の抵抗によって挫折、今なお戦争は続いている。こうした中で、平和主義者から、ロシアへとの戦争を継続することは犠牲をさらに拡大することであり、ウクライナは即刻停戦すべきだという議論が行われている。
「朝日新聞・オピニオン&フォーラム欄」(8月12日)に掲載された「犠牲を問わぬ地上戦 /国際秩序のため容認/正義はそこにあるか」と題する政治学者豊永郁子早大教授の寄稿はその典型である。
ウクライナの戦争と日本軍国主義の戦争の同一視
豊永は、ロシアのウクライナ侵攻に対して、ウクライナが総動員令を発して、大統領自らも海外への退避の勧めを退け、国内に残り闘うことを決定したことに関して次のように言う。
「ウクライナ戦争に関しては、……わからなかったのがウクライナ側の行動だ。まず(ロシアが)侵攻した日にウクライナのゼレンスキー大統領が、一般市民への武器提供を表明し、総動員令によって18歳から60歳までのウクライナ男性の出国を原則禁止したことに驚いた」「市民に銃を配り、全ての成人男性を戦力とし、さらに自ら英雄的な勇敢さを示して徹底抗戦を遂行しようと言うのだから、ロシアの勝利は遠のく。だがどれだけのウクライナ人が死に、心身に傷を負い、家族がバラバラとなり、どれだけの家や村や都市が破壊されるのだろう。」
豊永は、ロシアへの抗戦は多くの人々の生命を奪い、傷つけ、生活を破壊する、政府は何よりも戦争を避けることを第一とすべきであって、ロシアへの徹底抗戦を決定したことは「信念だけで行動し結果を顧みない」無謀なことだというのである。
そして豊永はウクライナ政府がロシアへの徹底抗戦を打ち出したことは、かつての日本軍部が敗北を認めず国民に米国への抗戦を強い、多大な犠牲を強いたことと同じだと言う。
「政府と軍が無益な犠牲を国民に強い、一億総玉砕さえ強いた第2次世界大戦の体験……と同じ懸念を今、ウクライナを見て覚える」と。
だが、かつての日米の戦争と現在のウクライナ戦争は同じではない。日米戦争はアジア太平洋の覇権をめぐっての帝国主義国同士の戦争であった。日本の軍部ファシストはブルジョア国家、大資本の利益のために国民を戦争に動員し、敗北が決定的になった後も徹底抗戦を唱えて多大な犠牲を強いた。
これに対して現在ウクライナの戦争は、ロシアから分離独立したウクライナが、それを認めず軍事攻撃を行ってきたロシアに対して、自立した国家を歩む民族自決擁護のための闘争であって、かつての日本のファシスト軍部の戦争と同じにみなすことは決定的に間違っている。
そもそも戦争を引き起こしたのはロシアであって、ウクライナではない。ウクライナは1991年のソ連邦解体を契機に独立し、その後、2004年のオレンジ革命、2014年のマイダン革命を経てロシアからの自立を強め独立した国家の道を歩んできた。しかし、プーチンは、ウクライナはロシアの一部であるとして独立を認めず、14年にはクリミアを支配下に置き、東部では親ロシア派による共和国をデッチあげ、ウクライナ政府と対立してきた。そして今年2月には、ウクライナ全土をロシアの支配下に置くために大規模な軍事侵攻を行ったのである。ウクライナの抗戦は、民族自決権を否定するロシアの帝国主義に対する戦争であって、ウクライナが戦争を仕掛けたものではない。
戦争が人民にとって悲惨な結果をもたらすからそれに反対するというなら、軍事侵略を行ったプーチンのロシアこそ非難されるべきであって、これに反対するウクライナのゼレンスキー政権が非難されるべきことではない。
絶対「平和主義」の妄想
ところが豊永は、ウクライナ戦争が、プーチンがかつての大ロシア復活のためにウクライナ併合を目指して行った戦争であることを事実上不問にして、ロシアの軍事侵攻に反対して闘うことを決定したゼレンスキー政権を悲惨な戦争に国民を巻き込んだと言って批判するのである。
豊永は、ウクライナ戦争は「日本憲法9条の平和主義の意義」を明らかにしたと述べている。
ウクライナはロシアの軍事侵攻に対してさらなる犠牲をいとわず徹底抗戦を唱えているが、9条の平和主義は、戦争による人命をはじめ一切の戦争による犠牲を否定する立場を明らかにしている、ウクライナも戦争継続によって大きな犠牲が生まれることがはっきりしているのであり、抗戦はやめて人命の尊重の政策をとるべきだ、「白旗」を掲げることも「平和主義の核心だ」と言うのである。
だが、例えウクライナ政府が抵抗を放棄してロシアの軍事侵攻を受け入れたとしても、戦争の危機はなくならないだろう。プーチンは、「核兵器を使用」をちらつかせてウクラナを威嚇してきたが、ウクライナが抵抗を放棄して軍事侵攻を受け入れれば、ますます増長し、現在も係争中のかつてロシアに属したアルメリア、ジョージア、チェチェンをはじめリトアニアなどバルト3国に対する軍事的圧力を強め、欧米諸国との軋轢を激化させるだろう。かつてナチス・ドイツの軍事的膨張を抑えるとして、チェコスロバキアへのナチス侵攻を認めるチェンバレンの宥和政策がさらなるナチス・ドイツの軍事侵略拡大を招いたことを思い起こさせる。
民族独立を認めず自国の支配下にとつなぎ止めておくための帝国主義国家の戦争もそれに反対する戦争も一緒にして、戦争そのものに反対する豊永は、かつてのベトナム戦争をどのように評価するのだろうか。
1955年11月から1975年4月まで19年余にわたって続けられたベトナム戦争は、ベトナム統一をめぐる南、北ベトナム戦争であり、米国はソ連を後ろ盾とする北ベトナムに反対し南ベトナムを支援して大量の軍隊を送りこんだ。ハノイの公式統計によると、米軍の軍事介入によって北ベトナム側の兵士の死亡者は120万、民間人の死者は200万~300万に上ったとされている。多くの犠牲を被りながら北ベトナムは勝利し、米国はベトナムから撤退し、南北ベトナムは統一を成し遂げた。
当時ベトナム戦争に対しては日本を含め世界中でベトナム「反戦」を掲げた運動が広がった。それは南、北米ベトナム双方の戦争行為に反対したのではなく、南ベトナムとそれに加担する帝国主義国家米国の軍事介入に反対する運動であった。ベトナム「反戦」運動の意義は、帝国主義に反対する闘いとして歴史的意義があったのである。
帝国主義の一掃こそ平和の実現
戦争は多くの労働大衆の犠牲を生み出す。労働者、働く者にとって戦争のない社会は理想である。資本の支配が克服され、搾取のない社会、階級のない、社会の成員が協同社会には戦争はない。しかし、現在の国際社会は帝国主義の支配する社会である。帝国主義が存在する限り、民族の併合、圧迫、市場や利権をめぐっての帝国主義同士の戦争は避けられないし、また、民族の支配、抑圧から帝国主義に反対し、解放をめざす被抑圧民族の闘争は否定されるべきではない。
労働者は戦争一般に反対することは出来ない。帝国主義国家による労働者・人民抑圧のための戦争に抗する戦争は、帝国主義が存在する限り避けられない。戦争は悲惨だからいかなる戦争にも反対する、戦争を回避し、生命の保護を第一とすることが本当の「平和主義」だという豊永の議論は、ブルジョア学者の無責任な戯言である。 (T)