「嘘っぱちの賃金論をちりばめ」(『海つばめ』第1477号2面トップ記事)の補足説明
政府は「骨太方針」原案で、「物価上昇を上回る賃金定着」とか、「賃上げで物価が全般的に上がる」と、さかんに賃金論をぶっている。それは、賃上げで景気回復に繋げたいという願望からであろうが、労働者をたぶらかして味方に付けようという魂胆でもある。この政府の説明に同調しているのが、「連合」などの組合幹部である。情けないに尽きる。
『海つばめ』1477号で、この政府の賃金論を批判した。但し、紙面の都合で、4つ目の項目「賃金上昇で物価が全般的に上がるか?」で扱った数式を全て紹介することができなかった。そこで、改めて数式と論理を紹介する。
◎はじめに
「骨太方針」原案では、賃上げを価格に転嫁し、それを次々に広げて行くなら、世の中の物価が全般的に上昇すると書かれている。我々は、これは間違いであると考える。
賃上げを価格に転嫁するとは、企業が仕入れた生産手段の費用はもちろん、上昇した賃上げ分を価格に転嫁して生産費用=生産価格の上昇を図るという意味である。
まず、生産価格を検討する前に、生産物価値について確認する。
資本が生産した価値は、不変資本C+可変資本V+剰余価値M=P(生産物価値)という数式で表すことができる。これは資本の販売価格(価値通りとして)と同じである。
しかし、生産部門によってCとVの割合は様々である。
鉄鋼生産などの重工業では、巨大な生産手段(C)を使うために資本の有機的構成は大きい。つまり、C/Vの比が大きい。他方、軽工業では比較的にC/Vは小さい。最近登場した自然エネルギー産業やIT産業の部門では、さらにC/Vの比は小さい。このように、有機的構成が違う産業によって、各種生産が行われている。
重工業ではC/Vは大きいので、他と同じ利潤量(剰余価値量)Mを生産しても、利潤率は小さい。例えば、90C+30V+30M=150Pとすると、剰余価値率(M/V)は30/30=1であり%で表すと100%であるが、利潤率では30/120=1/4であり%で表すと25%となる。
他方、IT産業では、C/Vは重工業よりずっと小さいので利潤率は大きい。例えば、30C+30V+30M=90Pとすると、剰余価値率(M/V)は30/30なので、重工業と同じく100%であるが、利潤率では30/60=1/2、つまり50%となる。
ところが、変化が起きる。
資本主義社会は、資本家(また企業)が生産手段を私有し、生産手段から切り離された労働者を雇って剰余価値を搾取し、手に入れることができる。どんな企業も利潤追求を目的に運営している。より大きな利潤を獲得することが企業の全使命であり、労働者から剰余価値を絞り上げながらも、より利潤率が大きな分野に進もうと、虎視眈々と狙っている。そしてチャンスがあれば利潤率の大きい分野で新たに資本投下を行う。
もちろん、利潤率が小さいから大きい方へ資本移転できるかと言えば、なかなか難しい面もある。資本蓄積ができず、飛躍できない中小零細企業も多い。しかし、総資本(全産業)で見れば、より大きな利潤を手にしようとする動きは必然であり、資本主義の一種の運動として、または法則として、総資本を貫くのである。
従って、各資本はそれぞれに、徐々に、またチャンスを狙って大胆に、利潤率の大きな分野に資本投下を行い、各部門の利潤率が均衡するまで進む――この均衡点が平均利潤率と言われるものである。
そして、平均利潤率が形成されるなら、資本は剰余価値の取得から、平均利潤率による取得に換え、元の剰余価値を分配し直すのである。つまり、前貸資本の大きさに比例して、元の剰余価値を再分配する。
◎数式の展開と説明
では、以上の観点を踏まえて、資本構成の違う部門の生産物価値を示し、次に、平均利潤率による生産価格を示していく。但し、『資本論』では資本構成の違う5つの部門で示しているが、『海つばめ』本号では2つに絞って簡単なかたちで示した。
<基本形>
剰余価値率(M/V)の比は1とし、%で表すと100%である。2つの資本構成の違う部門の生産物価値(P)の例を以下に示す。
B部門 30C+30V+30M= 90P ・・・②
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A+B 120C+60V+60M=240P・・・労働者が生産した総価値
<平均利潤率を計算する>
上記のAとBの平均利潤率は、剰余価値合計(30+30)を前貸資本合計(120+60)で割ったものである。60/180=1/3(33%)となる。
<生産価格で表す>
剰余価値を平均利潤率で計算し直すと、①の30Mは120×1/3=40Mとなり、②の30Mは60×1/3=20Mとなる。平均利潤率で表し直した生産価格は以下のようになる。
B部門 30C+30V+20M= 80P ・・・④
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A+B 120C+60V+60M=240P
ここで注意が必要である。
A部門では、①の30Mは、平均利潤率で表すと③の40Mに増えている。また、B部門では、②の30Mは、平均利潤率で表すと④の20Mに減っている。
既に指摘したように、資本の欲求と運動によって、総剰余価値は前貸資本の大きさに比例して再分配されたのである。
つまり、A部門では、前貸資本の120(90C+30V)の大きさに平均利潤率を掛けて40Mとなり、元の剰余価値30Mから大きくなった。同様に、B部門では60(30C+30V)に平均利潤率を掛けて20Mとなり、元の剰余価値30Mから小さくなったのである。
それゆえ、労働者が生産した総価値(総労働時間)は、生産価格で表しても240Pと、何ら変わるものではない。
<20%賃上げによる基本形>
次に、問題になっている賃上げで、価格転嫁された生産価格はどうなるのかを検討する。 そこで、<基本形>に戻って、<基本形>に対して20%の賃上げがされた場合を考える。
労働者の賃上げがあれば、当然、その分、資本の取り分である剰余価値は減る。賃上げ後には、①の30Vは36Vとなり、剰余価値の30Mは24Mになる。②の場合も同様である。
数式は次のようになる。
A部門 90C+36V+24M=150P ・・・⑤
B部門 30C+36V+24M= 90P ・・・⑥
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A+B 120C+72V+48M=240P
賃上げによって、総資本が手にする剰余価値は60から48に減っている。今後、総資本は生産財への投資を減らす圧力を受けるだろう。理論どおりに資本が動けば、機械などの生産財生産部門では、需要が減退し生産は前より後退する。他方、消費財部門では、消費財需要は大きくなるから、消費財の市場価格は上がる。この部門の資本は儲ける条件を得たが、消費財の市場価格が上がれば、労働者の実質賃金は下がる。資本と労働者の間は、常に対立関係にあるのだ。
<賃上げ後の平均利潤率>
賃上げを価格転嫁するという政府の考えを検証する。まず、⑤と⑥の数式から、新たな平均利潤率を計算する。
賃上げ後の平均利潤率は以下の通りである。
剰余価値の合計は48M、前貸資本の合計は、120+72=192である。ゆえに、総資本の新たな平均利潤率は、48/192=1/4の比(25%)となる。
<賃上げ後の生産価格>
次に、上記の平均利潤率で生産価格を示す。
A部門のMは、(90+36)×1/4=31.5となる。B部門のMは、(30+36)×1/4=16.5となる。
ゆえに、生産価格は次の通りになる。
A部門 90C+36V+31.5M=157.5P ・・・⑦
B部門 30C+36V+16.5M= 82.5P ・・・⑧
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A+B 120C+72V+48M=240P
<賃上げ前と賃上げ後の生産価格の変化>
以上の検討結果から、A部門の生産価格は、賃上げ前の160から賃上げ後には157.5と小さくなった。B部門の生産価格は、賃上げ前の80から82.5と大きくなった。
賃上げ後の生産価格はA部門では下がり、B部門では上がったのである。賃上げを図り、それを価格転嫁すれば、全ての資本や部門で物価が上がるという政府の考えは、破綻している。これは、単に理論上の話ではなく現実でも同じことが起きる。
◎簡単なまとめ
賃上げにより平均利潤率の変更があり、生産価格も変動した。これによって、総資本の剰余価値は、賃上げ前の60Mから、賃上げ後には48に減った。<20%賃上げの基本形>で示したことと、同じ結果が得られた。
当然である。<基本形>で賃上げの前後を示そうと、生産価格で賃上げの前後を示そうと、総資本の剰余価値はどっちも同じように減るのである。従って、賃上げ後の資本の生産財への投資が減り、消費部門では需要が上がるという動きも全く同じになるのである。
以上で補足説明を終える。もっと詳しく知りたい方は、『資本論』の生産価格論の箇所を読まれることを推奨する。
『海つばめ』1477号、および、本補足説明を学ばれ、政府や御用組合幹部が吹聴している、賃上げ=好景気循環論を暴露し、街頭でも労働組合内でも各種集会でも、あらゆる場所で労働者の正しい理論を引っ提げて共に闘うことを呼び掛ける。 (W)