「高市政権の戦争準備反対」の意見が出た「平和学習」講演会

――戦争準備の高市政権への危惧・危機感の現れあり

 

愛媛県新居浜市では毎月11日の日を「人権のつどい日」として、自宅近くの「隣保館」で人権講演会やDVD視聴などを19時30分から開催している。私は市政だよりで内容紹介があり興味深いテーマの時に参加している。去る5月11日の参加報告である。

 

「1945年7月24日に新居浜市に原爆の模擬弾が投下された事実」や広島への原爆投下で「広島の英雄」(米国では)となったが、自身も放射能障害や原爆死没者の幻影に怯え苦悩した米軍パイロットの姿などのDVD視聴と若干の講師(市人権啓発指導員)の訴えがあった。

 

模擬弾投下は自分としては初耳だった。核爆弾の威力を最大限に有効化させるには所定の高度や位置で爆発させる熟練技術が必要不可欠でそのための訓練として、投下予定の核爆弾と同一大同型の爆弾(模擬爆弾ではウランやプルトニウムの代わりに火薬が詰め込まれた、長さ3.5m)の投下をオッペンハイマーが提案、実行された。

 

模擬弾とはいえ通常爆弾(1トン)の4.5倍の火薬を詰めて、上空(広島は高度600mだった)で爆発させるやり方で、その数全国で44か所。愛媛県では宇和島市、西条市、新居浜市に落とされ数十人の死者が出ている。新居浜市には2発でそのうち1発は住友化学菊本工場(5/1のメーデー会場近く)に落とされ10名近くがなくなっている。

 

DVDでは模擬弾は長崎に投下されたのと同型で、「パンプキン型」(黄色に塗装されずんぐりした形)と紹介された。

 

1945年7月26日には終戦に向けてポツダム宣言が発表されるも日本は拒否した(講師もDVDも触れなかったが、無条件降伏では終戦後天皇制が維持できない、ソ連との不可侵条約もあり条件闘争できると考えた政府・軍部そして天皇裕仁、もし制空権を失った時点で降伏しておれば3月10日の東京大空襲をはじめとする全国の焼夷弾による絨毯爆撃や沖縄戦も防げたはずだ)。

 

だが、7月24日の模擬弾による投下訓練は、7月26日以前に米軍は決定打として原爆投下を進めていたということだ。最後に講師は「正義の戦争なんてない」(どちら側も不幸になる)と締めくくり、若干の質疑応答となった。

 

旧知の元教員は「戦争反対の国会デモが数万人規模で行われている。戦争したい政党に選挙で投票しないというみんなの行動が戦争阻止につながる」と発言。また隣席の男性は「自分の住む新居浜磯浦地区には戦時中700名近くのオーストラリア人捕虜がいて住友工場や鉱山関連の仕事をしていたと最近知った。身近なところが戦争に関連している。このあいだの総選挙で 母ちゃん戦争とめてくるわ と戦争反対の立場を投票行動で宣言した母親に感心した」と話す。

 

私からは「本日の参加者の多くは教員の方達と思われます。ご存じの方も多いと思いますが、2015年に新居浜市は中学歴史教科書に戦争賛美の『育鵬社版』を採択しました。当時の愛媛新聞は現場社会科教師が12校中10校で『東京書籍』を選んだのに、教育委員会はそれを無視、『育鵬社版』を選んだ、見出しでは『現場と教委でねじれ』と表現されました。あれから10年以上経過しましたが文科省を通じて教科書検定をテコに『戦争賛美』記述に誘導する形で『育鵬社版』でなくてもその内容が『育鵬社』化しています。日本の行った戦争、南京大虐殺や朝鮮人強制連行など歴史的事実を否定し、または正確ではないと曖昧にしたがる教育委員発言が新居浜市教育委員会議事録で掲載されています、先生方には本日の講演で学習した内容も踏まえて生徒達に真実の歴史教育をお願いします」と発言した(司会から止められそこまでで中断したが、「歴史的事実を否定し、または正確ではないと曖昧にしたがる教育委員」の指摘が刺さったのかしらないが、せっかくの「平和学習」の場であり、現実的な課題を提起でき、懐古的、抽象的なものに終わらないでよかったと考える)。

なお、「正義の戦争なんてない」との講師発言について、有史以降の人類の歴史は階級闘争の歴史であり、戦争一般を没階級的に否定する見解は歴史事実に反する。支配者が没階級的な「正義の戦争」として被支配者を動員してきたのだ。肝心なのは、どちらの階級の立場からみた「戦争」なのかであり、「戦争」の歴史的な評価である。高市政権の志向する戦争は、資本家の利益・立場からの反動的な戦争であり、労働者はその階級的立場から、歴史を前に進め労働の解放を勝ち取るために、愚かな戦争に反対する。        愛媛(F・Y)