『資本論』学習会に参加している仲間からの投稿を紹介します。

 

沈む時代

教育荒廃の現場から

 

「O先生、出口をふさいで!」 同僚はひきつった表情で怒鳴りながら、私にそう言った。パニックを起こしたような戸惑った表情で逃げようとする女子生徒。その生徒は遅刻が多いという理由で大量の反省文を書かされ、連日大きな罵声を何時間も(時には夜の7時以降まで)浴びせられながら指導を受けていた。

 

明らかにその生徒はなぜ怒鳴られているのかを理解できておらず、激昂する教師を前にパニックを起こして逃げようとし、同僚は退路を塞ぐように私に要求している。私は収容所の看守となっている自分達を発見した。数分の遅刻により何時間も居残り指導を受けていたその生徒は長時間の指導の果てに2階の職員室から飛び降りようとさえした。

 

大阪維新の会が政治の実権を握る大阪府では、人事評価を給与に反映させる制度が施行されている。

 

相対評価により上位5%の「優秀」職員は給与1.183倍にアップし、下位5%の「良好でない」職員は給与が0.835倍にダウンする。そのための参考として教員自身の評価シート「自己申告シート」に数値目標を記入することが求められる。

 

教育の具体的数値目標は、例えば多くの生徒が大学の一般入試を経験する進学校ならば進学実績の上昇を目標とするだろう。しかし、貧困や生活不安と隣り合わせの暮らしで、経済的な理由により進学は望めず、なんとか学校に行くことで精いっぱいという生徒が多い大阪府南部の多くの公立高校では、「遅刻欠席の数が一桁になるよう努力する」や、「ルールを守るよう心がけるというアンケートの項目の肯定的回答割合を90%以上にする」といったようなことが教員の具体的数値目標となる。

 

そこで各教員は学校で「遅刻は3回で反省文と振り返り」といった統一的ルールで指導にあたるが、生徒はパニック障がいや高機能自閉症、発達障がいなど支援が必要な場合が多く、明らかにそうした統一的ルールにはそぐわない。そうなると「何時間も怒声をあびせて反省文を書かせるということが生徒にとって必要な支援である。」と誤解する教員が多くなり前述のような光景が繰り広げられる。

 

そのほかにも、指定された通学路を通らなかった、体育祭の恒例行事に日本体育大学伝統の体操をしなければならないことに疑問を述べた…などなど些細な理由でも長時間にわたる指導を行わなければならず、私を含み教員は毎日生活指導に膨大な時間を割き、職員室はいつも生徒を叱責する怒号が鳴り響いていた。

 

こまごまとしたマニュアル的なルールに基づき、反省文を手に脅迫的な態度で指導する。こうした脅迫的な指導は生徒の心を閉ざし、見せかけの従順さを強制する。そして教員の心までも蝕んでいく。こうした指導に真面目に取り組んでいた同僚はある日、職場に出勤しようとすると突然足が動かなくなった。私がその府立高校に在籍していた短い間に、一人の若い同僚は退職し、一人は心を病んだ。

 

マルクス『資本論』第1部第5篇第14章に「学校教師が生産的労働者であるのは、彼がただ子供の頭に労働を加えるだけでなく企業家を富ませるための労働に自分自身をこき使う場合である。」という言葉があった。社会の再生産機構としての教育は社会や政治の影響を受けやすい。安倍政権の諮問機関として教育再生会議が作られて以降、その傾向が特に強くなった。

 

教育再生会議にはブラック企業として名高いワタミの渡邉美樹社長が名を連ねていたことは記憶に新しい。上記のような、定められたルールの妥当性に疑問を持たず教員の成果のために子どもの消耗を強いる教育ほど、資本家にとって都合の良いものはないだろう。

 

令和4年度のGDPは過去最高というニュースがある一方で、日本人の実質賃金は下がり続け、格差の広がりはとどまるところを知らない。文科省は今、「教育の市場化」を進めつつある。資本の教育支配がかつてないほど進んでいる昨今、教師が自分の仕事に求められていることに無批判であることは、権力の内面的強化に無自覚に加担していることに他ならない。

 

『資本論』を読み進めてゆくと、重商主義者や古典経済学者が労働と価値及び貨幣の関係を正しくとらえていないという批判が繰り返し述べられている。労働こそ実体であり、交換される価値や貨幣は形態である、労賃という形態が剰余労働の搾取を覆い隠している、そしてその剰余労働の搾取によって資本主義的生産様式は成り立っている、とマルクスは指摘する。

 

働けば働くほど貧しくなるという労働と資本との倒錯したあり方を鋭く指摘する『資本論』の論理性は、まるで天動説から地動説への転換のようだ。日経新聞までもが資本主義の危機を唱えているこの時代に、旧態依然とした資本のための教育が低所得世帯も多い公教育の現場で行われている現状で、子供に「頑張ればなんとかなる」と叱咤激励することは、沈みゆく船の乗組員に持ち場を離れず頑張ることを強制するようなものだ。

 

乗り込んだ船が沈みゆきつつある舟であることを知るためには、船と外界の関係を正しく把握しなければならない。資本主義的生産様式という外界に我々の職場や学校その他が沈みつつある。

 

今、社会がその崩壊に向かって突き進みつつあることを象徴するように、破滅型犯罪が毎週のように起こっている。SNSが普及して技術的に人がつながることが容易になった一方で、どうしようもなく個人は孤立している。

 

ロシアが帝国主義そのものの侵略戦争を勃発させ、日本もまた軍備増強に力を入れつつある20223月、この大規模な破壊の時代のそのあとを見通す視座を獲得するために、今後もマルクスの著作を研究していきたい。(神奈川  O

 

「横浜労働者くらぶ」発行『通信 労働者くらぶ 15号』から引用

 

「横浜労働者くらぶ」学習会の予定

◆「資本論」1巻前半学習会    4月13日(水)1830分~2030分 県民センター702号室

◆「反デューリング論」学習会  4月20日(水)1830分~2030分 県民センター702号室

◆「資本論」1巻後半学習会    4月27日(水)1830分~2030分 県民センター702号室

◆「資本論」3巻学習会          4月27日(水)1810分~2030分 県民センター708号室

 

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