「金融緩和を続ける」と、能天気な黒田日銀と岸田政権

――日銀はなぜかくも超低金利策に固執するのか

 

7月21日、欧州中銀(ECB)は11年ぶりに、政策金利を予告より2倍の0・5%引上げを決めた。理由はユーロ圏の消費者物価が昨年初めから上がり始め、その勢いは増し、今年5月の対前年比消費者物価上昇率は8・1%となり、6月には8・6%と前月を上回る事態になったからだ。

 

欧米各国の金利引上げで日本との金利差は一層拡大している。

 

同日の21日、日銀の黒田は日銀会合後の記者会見で、22年度の消費者物価上昇率の見通しを2・3%(年度の上昇率が2%を超えるのは03年度以降では初めて)としたが、「経済を支えるため、金融緩和を続ける」と述べた。この黒田の理屈は「金利を少しばかり上げても円安は止まらない、大幅に上げるなら経済にダメージを与える」というものだ。

 

円安が137~9円まで進み、この夏以降、さらに物価が急騰するかも知れないと言われているのに、日銀は超低金利政策に固執し国債を買い続けている。しかも、海外投資ファンドを中心に、日銀の動きや為替変動をにらんで各種取引(国債や為替の先物取引など)を仕掛けられている始末だ(注)。

 

(注)日銀の「金融政策決定会合」(6月16日~17日)を前に、投資家による国債の売り圧力が高まり、13日には国債価格が下落し、長期金利(新発10年物国債利回り)が日銀の許容する上限を突破し、0.255%まで上昇した。続いて、15日には、国債の先物価格が前日に比べて2円以上も急落し、13年以来9年ぶりの下げ幅を記録し、「注意喚起」を名目に「日本取引所」は先物取引を一時中断した。

 

では、日銀はなぜかくも超低金利策に固執するのか。

 

その第一は、景気回復が実現しておらず、また円安が日本経済に有利だと言って来た手前、今ここで金融緩和策を止めて金利引上げに応じたなら、この間の「アベノミクス」が失敗だったと日銀が認めることになる。そうなれば、「アベノミクス」を長年にわたって賛美して来たブルジョア全体の、またケインズ経済学の面子が丸つぶれになるからだ。

 

だが、低金利政策で、1年で2%を超える物価上昇を景気回復の証(指標)にしていたのだから、黒田らの経済学が全くもっていい加減であったことを、今更ながら暴露している。我々は、13年に始まった「アベノミクス」に対して、直ちに、「カネをばらまくだけの国家主義者の〝国家破綻〟政策」だと批判した(全国社研社刊『「アベノミクス」を撃つ――カネをバラまくことで国も経済も救えない』林紘義著、13年11月発行)が、現にそうなりつつある。

 

第二は、金融緩和を是正し長期金利を上げるなら、1千兆円を超える既発行の国債に評価損が発生し、日銀はその内の約550兆円を日銀勘定の「資産」として持ち、1%の金利が上げるなら単純計算で約5・5兆円の評価損を被るからである。

 

もちろん、日銀が持つ国債は満期まで保有されるので、時価評価する必要がなく、実際に日銀勘定は簿価方式で算出されている。だから帳簿上で損失が出るわけではないが、内外の「金融機関」は時価で日銀勘定を評価し、金利上昇は日銀資産の評価損として捉えるのである。これが正しい評価なのは言うまでもない。

 

同時に、民間銀行なども評価損を避けようと、手持ちの国債を売りに出すなら、国債価格は下落し、国債の流通利回りは上昇する。日銀はそれを放っておくことができず、流通利回りの上昇を阻止するために、大量の市中の国債を買わなければならなくなる。

 

そうなれば、日銀券の新規発行は一気に増え、日銀券発行残高もうなぎ上りとなり、それらは当面、「日銀当座預金」(日銀が民間銀行から買った国債の代金を支払うなどに使われる決済用口座で、この預金残高は日銀の負債となり、国債は日銀の資産となる)に積まれるが、金利引上げ時に一層の負担になっていく。

 

そこで、第三の理由に進む前に、金利引上げが日銀・政府に与える影響や国債の大量発行の矛盾を先に紹介する。

 

長期金利引き上げは、新発国債と借換債の金利上昇圧力にもなり、政府の金利負担は莫大なものになる。今でさえ、「国債費」が増えている(後述する)のだから、日銀としては、金利引上げ策を講じる場合には、短期政策金利の引上げが一番やり易いと考えるだろう。

 

だが、約540兆円もの巨額な「日銀当座預金残高」の付利(現在、マイナス0・1%)を仮に1%引上げるなら、約5・4兆円もの金利払い増となる。ところが、日銀の純利益は約1・5兆円で、損失に備えるための引当金勘定は11兆円程しかなく、政策金利を引上げるなら、「赤字決算」となる。それが現在の日銀の危うい姿なのである。

 

日銀の〝倉庫に〟政府発行の国債が「ブタ積み」(利用されないでただ積まれている)され、その代金が「日銀当座預金」に積まれている。それは、日本経済に好循環が起こらず、当座預金の「付利」をマイナスにしても、民間企業に対する銀行貸出は大して起こらず、当座預金の出番がなかったからだ。

 

しかし、「日銀当座預金」に積まれたカネが今後の景気上昇局面などを契機にして、流通部面に必要以上に入り込むなら、この国家紙幣化したカネの価格標準は切り下げられるのである。つまり「インフレ」を引き起こすのである。

 

「インフレ」とは、単なるあれこれの(高くなった資源輸入、国内生産力の低下による商品価格の上昇、需給ギャップ、為替相場の円安など)物価上昇を指すのではなく、流通部面に入った紙幣の価格標準の切り下げが行われ(「貨幣価値」の下落として現れ)、その結果、物価が上昇することを言うのである。「インフレ」とは、自国発行の紙幣(紙幣化した中央銀行券も)が国内流通部面に必要以上に入り込むことで発生する現象なのである。インフレは日本でも発生したが、ドイツインフレは典型的であった。

 

ここで、脇道にそれるが重要なことなので、簡単にドイツのインフレを振り返る。

第一次大戦開始直前に、「金本位制」から離脱したドイツは、戦費を大量の国債発行によって賄い、その国債を主に、ドイツ帝国銀行に直接に引受させ、大量の通貨を発行し続けた。戦後においても、経済的担保のない(裏付けのない)無価値なマルク紙幣や緊急通貨・ノートゲルトを大量に発行したので、ドイツではハイパーインフレが発生した。

 

「ドイツ政府は第一次世界大戦において、戦費のための膨大な財政需要を国民に対する増税ではなく、主に国債の発行によって賄った。その際に国民に国債を購入させて民間の通貨を吸収するのではなく、主に帝国銀行に購入させて(帝国銀行の直接引受け――筆者)紙幣を増発したため、通貨流通量の急増を招いた。

 

戦争終結後は、まず現物による賠償を連合国によって迫られたが、連合国に対する現物引き渡しは無償であっても、その元の所有者または生産者に対してはドイツ政府が代金を払わなければならず、引き続き大きな財政需要となった。そして賠償委員会によって決定された賠償金の支払いはさらに巨大な財政負担となった。ルール占領に対する消極的抵抗(賠償を果たせないドイツに対して、フランスがルール地方を占領したことに対する労働者のストライキ闘争のこと――筆者)では、労働者に対する経済的支援をしなければならないのに対し、ルール地方からの税収はまったく得られなくなったため、財政赤字をさらに拡大することになり、これらがすべて通貨増発へとつながった。マルクの供給量が増加した結果、その価値は急激に下がり、マルク安をもたらした。

 

それにより、ドイツにおける財の価格が急騰するとともに、ドイツ政府の運営費用が増大し、税の支払い通貨であるマルク安が続いたために増税によっては財政を賄うことができなくなった。結果的に生じた赤字を国債の発行や単純な紙幣増発の組み合わせで賄い、これらの影響でマルク建て資産の市場供給量が増加し、一層の通貨価値の下落を招いた。ドイツ市民は、通貨価値が急激に目減りしていくことに気づくと、早く消費しようとした。  

 

これにより高まった貨幣の流通速度は、かつてない速度で価格を上昇させ、悪循環を形成した」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)。

 

このようにドイツでは、政府が発行した国債を中央銀行が直接に買い、市中の通貨を吸収せずにマルク紙幣を発行し、さらに事実上紙幣と変わらない緊急通貨を発行してインフレを準備していった。ドイツの生産設備は大戦によって破壊されずに残り、戦後の急速な生産拡大に伴い、大量の紙幣化したマルクが流通部面に入り、無価値な通貨として現出したのである。つまり、経済法則が貫徹しマルクの価格標準は引下げられたのである。労働者はこの経済法則をドイツの歴史から学ぶべきであろう。

 

現在の日本の場合、日銀による国債の直接引受けは行われておらず、国債の対価は、国家紙幣ではなく信用貨幣で支払われている。だが、日本の場合には、信用貨幣の国家紙幣化が止めどもなく進んでいる。

 

日銀券は国家紙幣化していると言ったが、それは以下のような理由による。

 

日銀券は元来信用貨幣であり、法定の「支払い手段」である。だが、その信用貨幣は次第に本来の役割を果たさなくなっている。政府は借用証書である国債を民間銀行などに買わせて財源をつくり、その後に、日銀が民間にある国債を指値で、また流通利回りが上がっていれば低くなるように誘導し、ゼロ金利維持のために買い取っている。

 

つまり、日銀券は政府の財政運営のために、政府の借金を支えるために発行されている。

 

しかも、政府の国債は、労働生産物や〝商業〟土地や金銀(つまり価値を持つ有用物)を担保にした借用証書ではなく、単に政府の信用をバックにしているに過ぎない。だから、経済的な裏付けのない、無価値な国債を買うために日銀券は発行されているのであり、日銀券は国家紙幣に転化していく。日銀券が事実上、何ら価値の無い紙幣であるにも関わらず、国家の通貨として流通するのは、国家信用・日銀信用による国家の強制力によってである。

 

従って、日銀が大量な国債を買い続けるなら、既に説明したように、一方で、金融緩和策を終了して金利を引上げすることが極めて困難になり、他方で、日銀勘定は悪化し日銀信用が毀損し、日銀券は単なる紙幣になったことを満天下に知らしめる。日銀信用の毀損が現実化するなら、内外投資家による国債の投げ売りが始まり、国債の暴落は避けられない。

 

だから、多額の国債残高を抱える日銀に対しては、日銀の「債務超過」が以前から問題にされ続け、同時に日銀信用の毀損による国債の暴落が言われ続けて来たのである。さらに、紙幣化した日銀券が必要以上に流通部面に入り込むなら「インフレ」の発生は避けられないのである。

 

日銀が金利引上げを避ける第三は、政府が組む一般会計予算の中に、歳出に必要な「国債費」(国債償還費と国債利払費で、22年度は24兆円)があり、日銀が金利を上げるなら、この「国債費」が上昇し、予算計上に大きな影響を与え、その後の国債発行に大きな影響を及ぼすからである。

 

以上のような理由により、日銀は短期国債の金利をマイナス0・1%に、長期国債である10年物の金利を0±0・25%に抑え込もうと躍起になっているのである。だが、そうすればそうする程、当面は、円安と物価高騰として現れ、労働者の生活を破壊する。

 

また、円安が続き物価が高騰し続けるなら、金利政策引上げ圧力が内外から加わる。日銀がそれらの圧力を無視し続けて国債を買い続けるなら、日銀信用破綻・「国家破綻」に行きつくことになる。それほどに大きな矛盾を深めているが、日銀は金利引上げを実行することがますます困難になっている。

 

それは「アベノミクス」という国家主義者の妄想、インチキ理論の行きつく先であった。

 

しかし、問題なのは、その矛盾の全てが労働者に皺寄せさせられることにある。

 

ドイツインフレの場合でもそうだったが、インフレによる価格標準の引下げは、国家と資本家階級の借金を帳消しにしたが、反対に、労働者階級に対しては物価高騰が襲い、預金もあっという間に何千分の一、何万分の一になったのである。

 

我々は「アベノミクス」が発表された当初から、ケインズ経済学(リフレ派)の屁理屈を批判し、カネのバラまきがもたらすインフレや「国家破綻」などの矛盾を指摘したが、次第にそれらが現実味を帯びつつある。

 

労働者は、金融や通貨政策なるものは資本主義経済特有の小道具であり、未来の共同体では無用な長物であることを確認し、資本主義の矛盾の一切を解決すべく、「労働の解放」に向かって確信をもって断固として闘っていかなければならない。  (W)