神奈川県で、『資本論』やマルクス主義の学習会を行っている『横浜労働者くらぶ』が発行している『労働者くらぶ第32号』で、地方自治体が行っている「自衛隊への個人情報提供」の問題を論じています。軍事強国化が強まっている中、自衛隊の隊員募集を注視している内容ですので、紹介します。

 

地方自治体の自衛隊への個人情報提供

――徴兵制に近いところへ踏み込む危険性

 

2007年から自衛隊の応募人数は減っている。イラク戦争への派遣、集団自衛権の行使容認、安保法制の成立など、自衛隊の変質があるため若者の自衛隊離れが進んでいる。自衛隊が22歳と18歳を対象に募集DMを送っている事を高校生に話すと「僕らを戦争に行かせるためでしょ」という答えが返ってきたと聞いた。2018年、防衛省は打開策として一般候補生、自衛官候補生の採用年齢を18.26歳の上限を32歳へと引き上げた。

 

 安倍当時首相は「閲覧は協力ではない」との認識から2019年の自民党大会で「6割以上が協力を拒否している」と非難、自民党は所属議員に地元自治体の対応を確認するように指示し、従来は、多くの地方自治体は住民基本台帳を閲覧や書き写しを認める形にとどめていたが、政権からの圧力で協力に応じる自治体が増えた。

 

電子・紙媒体での提出が19年度は719市区町村(41%)であったが、21年度は962市区町村(55%)に増え、22年度については60%以上になる見込みと防衛庁は説明している。このことは、国と地方を対等な協力関係と定める地方分権一括法の趣旨に反する。

 

地方自治体が自衛隊に18歳と22歳の住民基本台帳の情報を提供していることを知っている人は少ない。地方自治体が市民に黙っているからである。個人情報を本人の同意なしに提供するには法令の定めが必要とされている。しかし、自衛隊員募集のための個人情報の提供に関して法令の定めがあるのかどうかは疑わしい。情報提供の根拠とされたのが自衛隊法97条と施行令120条である。

 

97条 都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に 関する事務の一部を行う。

 

97条は募集事務の内容を具体的に定めるものではなく、例えばポスターの掲示や、資料の備置等いろいろ考えられるが、プライバシーや個人情報保護に抵触するおそれのある情報を提供する根拠にはならない。

 

120条 防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事及び市町村長に、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。

 

120条は防衛大臣が都道府県知事及び市町村長に対し資料の提出を求める事ができると定めている。しかし、120条は防衛大臣の協力要請を根拠づけるものに過ぎず、都道府県知事及び市町村長が何をすべきかは規定していない。

 

120条は自治体が行う募集業務(自衛官募集期間の告示、応募資格調査、受験票交付、試験期日・会場の告示、募集の広告・宣伝等)に関する114.119条を受けて規定されているものである。したがって同条の報告・資料提供要請は自治体が行う募集業務が円滑に行われているか確認する目的と解するのが素直であり、個人情報の提供の根拠にはならない。

 

120条による資料提出要請について2003423日、衆議院・個人情報の保護に関する特別委員会において、宇田川政府参考人は「市町村長に対しまして適齢者情報の提供を依頼しているところでありまして、あくまで依頼でございます」、石破国務大臣(当時)も「市町村は法定受託業務として、これを行っておるわけでございます。私どもが依頼をしても、こたえる義務というのは必ずしもございません」と答弁しており、あくまで依頼に過ぎず市町村長に答える義務がないことは確立した政府解釈である。

 

住基4情報(氏名、生年月日、性別、住所)は憲法13条で保障された人格権のうちのプライバシー権によって保護の対象とされている。つまり、憲法13条は国民の私生活上の自由が公権力に対しても保護されるべきと規定しており、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有すると規定している。

 

しかし、令和21218日の閣議で「自衛官または自衛官候補生の募集に関し必要な資料の提出を防衛大臣から求められた場合(自衛隊法971項及び同法施行令120条)については、市区町村長が住民基本台帳法の一部の写しを提出することが可能であることを明確化し、地方公共団体に令和2年度中に通知する。」と決定し、令和325日に防衛省と総務省の連名で各都道府県市区町村担当部長宛に通知した。

憲法は国家の基本法であり、憲法に規定されているプライバシー保護を、自衛隊法の根拠でもって覆していいというものではない。また、ご丁寧にも「なお、本通知は地方自治体法第245条の41項に基づく技術的助言であることを申し添えます」と付け加えている。提出を強制しておいて、助言であるから各自治体の判断に任せる、というのだからやり方が汚いにも程がある。

 

横浜市の場合(市民団体からの質問に対する市の回答)

 

質問 横浜市では住民基本台帳のデータを自衛隊へ情報提供しているのでしょうか。

 

回答 自衛隊法第97条第1項で定められている国からの法定受託事務であり、自衛隊法施行令120条の規定に基づき実施します。本市では、自衛隊神奈川地方協力本部からの依頼に基づき、自衛隊が自衛官及び自衛官候補生の募集事務に利用するために必要な対象者(18歳及び22歳)の情報(住所、氏名、郵便番号)を自衛隊に提供しています。情報提供の方法としては、令和2年度以前は、募集対象者の住所、氏名を住民基本台帳から抽出した名簿の閲覧により情報提供を行っていましたが、法の目的を達成するための必要最低限の対応とし、募集案内送付の際に1回限りしか使用できず、かつ、使用した後にその情報が提供先である自衛隊に残らないよう、令和3年度からは、住民基本台帳の一部の写しを用いた宛名シールにより提供しています。

 

質問 自衛隊法97条、施行令120条はあくまで依頼であり、これに答える義務はないと政府解釈があり、また、自衛隊法は自治体の判断を縛るものではないにもかかわらず、部署内では提供する事に疑問の声がでなかったのですか。

 

回答 なし(無言)

 

質問 除外申請はできるでしょうか。

 

回答 市長などへ情報提供を求める法令はあっても、情報提供を望まない人を対象から除くことを定めた法令がない為、除外していません。自衛官募集事務に関する市民への広報については、今後に向けた貴重な意見として承ります。

歯切れの悪い回答である。「自衛隊法で定められている」の一点張りである。法令の定めがないから除外申請できないとはどういう事だろう。住基4情報はプライバシー権として憲法で守られている。市も住基情報を提出することを疑問に思っているのだろう。しかし国にさからえば交付金などを盾に脅されるだろう。建前は国と地方自治体は対等なのに、国が金で地方を支配している。

 

自衛隊の任務が拡大する一方で自衛官応募者が減少しているからと言って、地方自治体に名簿提出を求め、かたっぱしから募集DMを送るやり方は、隊員の確保に行き詰った時に徴兵制に近いところまで足を踏み込みかねない。(Y

 

横浜労働者くらぶ学習会案内―9月の予定

 

◆『資本論』第1巻前半学習会

96日(水)19時~21時・県民センター701号室

927日(水)19時~21時・県民センター704号室

・両日ともに第1篇「商品と貨幣」の第1章「商品」を行います。

 

◆『資本論』第1巻前半学習会

913日(水)18時半~20時半・県民センター702号室

・第7篇「資本の蓄積過程」の第23章「資本主義的蓄積の一般的法則」を行います。

 

◆レーニン「カール・マルクス」学習会

920日(水)18時半~20時半・県民センター702号室

・「カール・マルクス他18編」のうち主要論文「カール・マルクス」を行います。

 

連絡先:横浜労働者くらぶ Tel080-4406-1941(菊池)

 Mailkikuchi.satoshi@jcom.home.ne.jp